2008年07月11日
■祝! iPhone発売/マンガ『アップルIIストーリー』
※予告編「祝! iPhone発売記念 『アップルストーリー』」もあります。お読みでない方は、こちらからお先にどうぞ。
ジャジャーン!
1億2,000万の「すがやみつるblog」読者の皆さま、お待たせいたしました。本日、アップル社のiPhoneが発売になったのを記念して、こちらにマンガ『アップルIIストーリー』の本編を掲載させていただきます。
「別冊コロコロコミック」連載の『あらしマイコン百科』の最後を飾った作品で、1984年5月号、6月号に分けて連載された作品です。
ぼくは、この前年、シリコンバレーに取材に出かけ、アップル本社にも寄ってきました。アポなしでしたので、玄関前で記念撮影をしてきただけですが(写真左)、マンガの中には、この取材旅行の際に撮影してきた写真が、背景の一部に使われています。この取材旅行では、テキサスインスツルメンツ(TI)の子ども向けパソコン教室に体験入学したり、スタンフォード大学を覗きにいったり。

このとき生協で買ったプログラミング用のテンプレートがヒントになって、「こんにちはマイコン2」の付録にテンプレートがつきました(画像右)。
マンガの内容は、児童向けということもあり、また、当時の限られた資料をもとにしていることもあり、いま見るとおかしなところも多々ありますが、そのあたりは、ご寛容にお願いいたします。
では、ちょっと長いですが、ごゆるりと……。
■マンガ『アップル][ストーリー』
(「別冊コロコロコミック」1984年5~6月号掲載)

P01

P02

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P06

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P26

P27

P28
(作者による注)
●P2~P7
このあたりのエレクトロニクス工作への興味やイタズラについては、作者の体験が投影されています。ただし作者が作った「感電びっくり箱」は、鉄の釘を芯にして1次コイルと2次コイルを手巻きし、ブザーの断続で疑似交流を作って変圧したものでした。チョコレートの箱を引き出すと、ブーッと音がして、ビリッとしびれるイタズラ玩具があったのですが、それを手作りしたものです。
ちなみに作者のエレクトロニクスへの興味は小学6年生からでした。「エレキット」のロボット工作などは、マンガ家になってから楽しみました。また、アマチュア無線の免許は1963年、中1のときに国家試験に滑り(当時は全問筆記で、「逓倍」「緩衝」なんて用語が読み書きできませんでした。いまだって読むのはOKですが書くのは怪しい)、18歳の高3の終わり、マンガ家のアシスタントになることが決った後に取得しました。
●P13~14
「ブルーボックス」は、このマンガに描かれているほど大きくはなかった(実際のブルーボックスの写真など)。
「ブルーボックス」については、この世界で有名な「キャプテン・クランチ」ことジョン・T・ドレーパーのWebサイトに詳しい。また、スティーブ・ウォズニアクも、自身のWebサイトで「ブルーボックス」について語っている。
●P18
上段。Apple IについてのWikipediaの説明。
下段左のコンピューターは、『ビル・ゲーツ物語』にも出てきたAltair8800のつもりではないかと思われる(よく憶えていないが、絵が似ている)。
●P19
「HELLO OUR FOUNDER」……たぶん資料を参考に描いたのだろうが、本当にこのようなメッセージが画面に出たのかどうかは、ちょっと記憶にない。
●P21
「ベンチャー・キャピタリスト」……1980年代早々に、朝日新聞を読んでいたら、いつもは素通りする経済記事の途中にマリオ・アンドレッティの名前を発見したことがある。アンドレッティとは1978年のF1世界チャンピオンで、アメリカではインディカーレースのスターでもあった。そのアンドレッティの名前が、なぜ、経済記事の中に……? と思って内容を読んでみたら、これがベンチャー・キャピタリストを紹介するもので、アンドレッティもレースで稼いだ賞金をベンチャー・ビジネスに投資し、大成功をおさめているベンチャー・キャピタリストのひとりだと紹介されていた。
ベンチャー・ビジネスについては知っていたが、ベンチャー・キャピタルやベンチャー・キャピタリストという言葉を目にしたのは、このときが初めてだった。この記事がキッカケになって株の仕組みや経済にも興味が湧き、それがやがて、ビジネス情報マンガを描くことにつながることになる。1983年にシリコンバレーに出かけたのも、そんなベンチャー・ビジネスの「現場」の雰囲気を身体で感じてみたかったからである。
ジャジャーン!
1億2,000万の「すがやみつるblog」読者の皆さま、お待たせいたしました。本日、アップル社のiPhoneが発売になったのを記念して、こちらにマンガ『アップルIIストーリー』の本編を掲載させていただきます。
「別冊コロコロコミック」連載の『あらしマイコン百科』の最後を飾った作品で、1984年5月号、6月号に分けて連載された作品です。
ぼくは、この前年、シリコンバレーに取材に出かけ、アップル本社にも寄ってきました。アポなしでしたので、玄関前で記念撮影をしてきただけですが(写真左)、マンガの中には、この取材旅行の際に撮影してきた写真が、背景の一部に使われています。この取材旅行では、テキサスインスツルメンツ(TI)の子ども向けパソコン教室に体験入学したり、スタンフォード大学を覗きにいったり。
このとき生協で買ったプログラミング用のテンプレートがヒントになって、「こんにちはマイコン2」の付録にテンプレートがつきました(画像右)。
マンガの内容は、児童向けということもあり、また、当時の限られた資料をもとにしていることもあり、いま見るとおかしなところも多々ありますが、そのあたりは、ご寛容にお願いいたします。
では、ちょっと長いですが、ごゆるりと……。
■マンガ『アップル][ストーリー』
(「別冊コロコロコミック」1984年5~6月号掲載)

P01

P02

P03

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P08

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P27

P28
(作者による注)
●P2~P7
このあたりのエレクトロニクス工作への興味やイタズラについては、作者の体験が投影されています。ただし作者が作った「感電びっくり箱」は、鉄の釘を芯にして1次コイルと2次コイルを手巻きし、ブザーの断続で疑似交流を作って変圧したものでした。チョコレートの箱を引き出すと、ブーッと音がして、ビリッとしびれるイタズラ玩具があったのですが、それを手作りしたものです。
ちなみに作者のエレクトロニクスへの興味は小学6年生からでした。「エレキット」のロボット工作などは、マンガ家になってから楽しみました。また、アマチュア無線の免許は1963年、中1のときに国家試験に滑り(当時は全問筆記で、「逓倍」「緩衝」なんて用語が読み書きできませんでした。いまだって読むのはOKですが書くのは怪しい)、18歳の高3の終わり、マンガ家のアシスタントになることが決った後に取得しました。
●P13~14
「ブルーボックス」は、このマンガに描かれているほど大きくはなかった(実際のブルーボックスの写真など)。
「ブルーボックス」については、この世界で有名な「キャプテン・クランチ」ことジョン・T・ドレーパーのWebサイトに詳しい。また、スティーブ・ウォズニアクも、自身のWebサイトで「ブルーボックス」について語っている。
●P18
上段。Apple IについてのWikipediaの説明。
下段左のコンピューターは、『ビル・ゲーツ物語』にも出てきたAltair8800のつもりではないかと思われる(よく憶えていないが、絵が似ている)。
●P19
「HELLO OUR FOUNDER」……たぶん資料を参考に描いたのだろうが、本当にこのようなメッセージが画面に出たのかどうかは、ちょっと記憶にない。
●P21
「ベンチャー・キャピタリスト」……1980年代早々に、朝日新聞を読んでいたら、いつもは素通りする経済記事の途中にマリオ・アンドレッティの名前を発見したことがある。アンドレッティとは1978年のF1世界チャンピオンで、アメリカではインディカーレースのスターでもあった。そのアンドレッティの名前が、なぜ、経済記事の中に……? と思って内容を読んでみたら、これがベンチャー・キャピタリストを紹介するもので、アンドレッティもレースで稼いだ賞金をベンチャー・ビジネスに投資し、大成功をおさめているベンチャー・キャピタリストのひとりだと紹介されていた。
ベンチャー・ビジネスについては知っていたが、ベンチャー・キャピタルやベンチャー・キャピタリストという言葉を目にしたのは、このときが初めてだった。この記事がキッカケになって株の仕組みや経済にも興味が湧き、それがやがて、ビジネス情報マンガを描くことにつながることになる。1983年にシリコンバレーに出かけたのも、そんなベンチャー・ビジネスの「現場」の雰囲気を身体で感じてみたかったからである。



