2008年07月22日
■アップルとHP創業のガレージ
このblogにマイクロソフトやアップルの創業時代を伝えるマンガを掲載したところ、たくさんの方にアクセスしていただくことができました。
マンガ『アップルIIストーリー』には、アップルが創業したガレージが出てきますが、このガレージは、いまも存在し、シリコンバレーの名所のひとつにもなっています。
以下の写真は、アップル社創業の地の最近の様子です。シリコンバレー在住の田中勇輝クンという小学6年生の男の子が撮影したものを貸していただきました。

(C) Yuki Tanaka 2008
次の写真も田中勇輝クンが撮影してくれたものですが、スティーブ・ウォズニアクもつとめていたHP(ヒューレット・パッカード)社が1939年に創業したガレージで、「シリコンバレー発祥の地」の銘板もあるそうです。

(C) Yuki Tanaka 2008
ほかにもGoogleやYouTube発祥の地が、名所のようになっているそうです。興味のある方は、こちらのコラムもご覧になってみてください。
マンガ『アップルIIストーリー』には、アップルが創業したガレージが出てきますが、このガレージは、いまも存在し、シリコンバレーの名所のひとつにもなっています。
以下の写真は、アップル社創業の地の最近の様子です。シリコンバレー在住の田中勇輝クンという小学6年生の男の子が撮影したものを貸していただきました。

(C) Yuki Tanaka 2008
次の写真も田中勇輝クンが撮影してくれたものですが、スティーブ・ウォズニアクもつとめていたHP(ヒューレット・パッカード)社が1939年に創業したガレージで、「シリコンバレー発祥の地」の銘板もあるそうです。

(C) Yuki Tanaka 2008
ほかにもGoogleやYouTube発祥の地が、名所のようになっているそうです。興味のある方は、こちらのコラムもご覧になってみてください。
2008年07月22日
■『仮面ライダー青春譜』第11回
第2章 紙の街に生まれて
●戦記マンガ全盛期
忍者マンガと並んで、この頃、人気があったのが戦記マンガである。一応、どんな戦記マンガがあったか、列挙してみよう。
■「少年サンデー」
◎『大空のちかい』(久里一平)
陸軍加藤隼戦闘隊に所属する少年パイロットを主人公にしたマンガ。戦闘機である隼の編隊が飛ぶシーンには、軍歌『加藤隼戦闘隊』の歌詞が書かれていた。作者の久里一平は、アニメ・プロダクション「竜の子プロ」の創立者・吉田竜夫(故人)の実弟。
◎『あかつきの戦闘隊』(相良俊輔・原作/園田光慶・マンガ)
『大空のちかい』の後、しばらくしてからはじまった戦記マンガ。貸本劇画時代は、ありかわ栄一の名前で活躍していた園田光慶が、「少年画報」「少年キング」などの雑誌で活躍した後、「サンデー」に本格進出した記念すべき作品でもある。
海軍の零戦パイロットが、任地である太平洋の孤島に零戦で赴くと、味方のならず者兵士から銃撃を受けるというファーストシーンは、なぜか日活で石原裕次郎が主演した『零戦黒雲一家』の冒頭とそっくりだった。ぼくは『零戦黒雲一家』を母が勤めていた映画館で、七日間連続で見ていたため、こんなことまで気になったりもした。

■「少年マガジン」
◎『紫電改のタカ』(ちばてつや)
出てくる戦闘機が、みんなブリキ細工みたいに見えて、ちょっと情けなかった。しかし、ストーリーでは、さすがに「笑いと涙」のちばてつや。最終回では、誰もが涙した。もちろんぼくも泣いた。
ぼくが中学一年生だった頃だろうか、ちばてつやが「紫電改のタカ」を描くところがNHKのテレビで放映されたことがある。ちばが実際にペン入れをするのは、顔の中身と輪郭だけで、あとはアシスタントまかせだったのを見てびっくりしたものだ。しかも、そこでアシスタントをしていたのは、大阪の日の丸文庫で活躍していたはずの政岡としや(稔也)と梅本さちおだった。
政岡としやは、その後、青年劇画誌「コミックVAN」で戦記マンガを描いたりもしたが、そのときのメカは、実にカッコよく描かれていた。
梅本さちおは、まもなく「少年マガジン」の増刊号などに読み切りマンガを発表し、やがて創刊される「少年ジャンプ」(はじめは隔週だった)に『くじら大吾』という身体のでっかい少年が主人公のマンガを連載する。つづいて「少年キング」に連載した『アパッチ野球軍』(花登筺・原作)がアニメ化されてヒット。その後も『リトルの団ちゃん』(「月刊少年チャンピオン」連載)などで活躍するが、一九九三年、五十歳で死去。ぼくが知り合ったのは一九八〇年前後だが、その頃には、マンガも描かなくなりつつあった。
■「少年キング」
◎『忍者部隊月光』(吉田竜夫)
テレビにもなった、あまりにも有名な忍者+戦記マンガ。マンガでは太平洋戦争が舞台になっていたが、水木襄{じよう}主演のテレビ版では、現代を舞台にしたスパイ+忍者モノになっていた。
吉田竜夫は、アニメ・プロダクション「竜の子プロ」を設立し、「少年ブック」に連載していた『宇宙エース』をテレビアニメ化する。
このアニメは、カネボウハリスがスポンサーになっていたが、その後、カネボウハリスは、同じ吉田竜夫の柔道マンガ『ハリス無段』、ちばてつやの『ハリスの旋風』などのタイアップ作品を次々と手がけるようになった。
同じく吉田竜夫のマンガが原作の竜の子プロ製アニメ『マッハGoGoGo』が、アメリカで『スピードレーサー』として人気を呼び、そのアニメを見た世代が大人になった2008年、ハリウッド製の実写版が公開された。
◎『0戦はやと』(辻なおき)
これも「少年キング」連載の戦記マンガ。「少年画報」連載の『0戦太郎』の延長にある作品で、どちらも読んでいたはずだが、内容については、ほとんど記憶に残っていない。
■「少年ブック」
◎『燃えろ南十字星』(松本あきら)
前述したので省略するが、このマンガに遭遇していなかったら、マンガを描くことはなかったかもしれない。同じ「少年ブック」では、望月三起也が、戦記マンガの読み切りシリーズを、別冊フロクで描いていた。
■「冒険王」
◎『ゼロ戦レッド』(貝塚ひろし)
荒唐無稽で同じ作者の『くりくり投手』の戦記マンガ版のようなところもあった。秘密基地を保ち、独立義勇軍として活躍するところなどは、もしかして『紺碧の艦隊』(荒巻義雄)の原点? リアリティはなかったが、痛快航空アクションとして楽しんでいた。
貝塚マンガは、明るい前向きな主人公の目の光に、いつも魅力を感じていた。
■その他
◎『とらの子兵長 』(わちさんぺい)
元、陸軍航空隊整備兵の経歴を持つ『ナガシマくん』のわちさんぺいが描いた航空戦記マンガ。東南アジアを舞台にしていた。絵は、もともとがギャグマンガ家なので、線なども簡単だったが、その省略された線で描く隼などの戦闘機がリアルだった。また、石油タンクの爆発、火薬による爆発などの煙の描きわけをきちんとしており、さすが経験者はちがうと妙に納得したものだ。
「隼」が機体を傾けるときは、必ず〈クラッ〉という擬音が入っていた。
SF作家で、『覇者の戦陣』という大河仮想戦史シリーズも手がけている谷甲州さんと会ったとき、わちさんぺいの戦記マンガの話題を出したとたんに、「わちさんぺいといえば、クラッだよね」と谷さんは応じてくれた。谷さんは同年生まれだが、やはり、あの「クラッ」は印象的だったらしい。
わちさんぺい氏は、一九九九年に亡くなられたとのこと。晩年まで釣りマンガを中心に仕事をされていた。
『空のよもやま物語―空の男のアラカルト』(わちさんぺい著/光人社NF文庫)は、ぼくの愛読書の一冊でもある。
つづく
●戦記マンガ全盛期
忍者マンガと並んで、この頃、人気があったのが戦記マンガである。一応、どんな戦記マンガがあったか、列挙してみよう。
■「少年サンデー」
◎『大空のちかい』(久里一平)
陸軍加藤隼戦闘隊に所属する少年パイロットを主人公にしたマンガ。戦闘機である隼の編隊が飛ぶシーンには、軍歌『加藤隼戦闘隊』の歌詞が書かれていた。作者の久里一平は、アニメ・プロダクション「竜の子プロ」の創立者・吉田竜夫(故人)の実弟。
◎『あかつきの戦闘隊』(相良俊輔・原作/園田光慶・マンガ)
『大空のちかい』の後、しばらくしてからはじまった戦記マンガ。貸本劇画時代は、ありかわ栄一の名前で活躍していた園田光慶が、「少年画報」「少年キング」などの雑誌で活躍した後、「サンデー」に本格進出した記念すべき作品でもある。
海軍の零戦パイロットが、任地である太平洋の孤島に零戦で赴くと、味方のならず者兵士から銃撃を受けるというファーストシーンは、なぜか日活で石原裕次郎が主演した『零戦黒雲一家』の冒頭とそっくりだった。ぼくは『零戦黒雲一家』を母が勤めていた映画館で、七日間連続で見ていたため、こんなことまで気になったりもした。

■「少年マガジン」
◎『紫電改のタカ』(ちばてつや)
出てくる戦闘機が、みんなブリキ細工みたいに見えて、ちょっと情けなかった。しかし、ストーリーでは、さすがに「笑いと涙」のちばてつや。最終回では、誰もが涙した。もちろんぼくも泣いた。
ぼくが中学一年生だった頃だろうか、ちばてつやが「紫電改のタカ」を描くところがNHKのテレビで放映されたことがある。ちばが実際にペン入れをするのは、顔の中身と輪郭だけで、あとはアシスタントまかせだったのを見てびっくりしたものだ。しかも、そこでアシスタントをしていたのは、大阪の日の丸文庫で活躍していたはずの政岡としや(稔也)と梅本さちおだった。
政岡としやは、その後、青年劇画誌「コミックVAN」で戦記マンガを描いたりもしたが、そのときのメカは、実にカッコよく描かれていた。
梅本さちおは、まもなく「少年マガジン」の増刊号などに読み切りマンガを発表し、やがて創刊される「少年ジャンプ」(はじめは隔週だった)に『くじら大吾』という身体のでっかい少年が主人公のマンガを連載する。つづいて「少年キング」に連載した『アパッチ野球軍』(花登筺・原作)がアニメ化されてヒット。その後も『リトルの団ちゃん』(「月刊少年チャンピオン」連載)などで活躍するが、一九九三年、五十歳で死去。ぼくが知り合ったのは一九八〇年前後だが、その頃には、マンガも描かなくなりつつあった。
■「少年キング」
◎『忍者部隊月光』(吉田竜夫)
テレビにもなった、あまりにも有名な忍者+戦記マンガ。マンガでは太平洋戦争が舞台になっていたが、水木襄{じよう}主演のテレビ版では、現代を舞台にしたスパイ+忍者モノになっていた。
吉田竜夫は、アニメ・プロダクション「竜の子プロ」を設立し、「少年ブック」に連載していた『宇宙エース』をテレビアニメ化する。
このアニメは、カネボウハリスがスポンサーになっていたが、その後、カネボウハリスは、同じ吉田竜夫の柔道マンガ『ハリス無段』、ちばてつやの『ハリスの旋風』などのタイアップ作品を次々と手がけるようになった。
同じく吉田竜夫のマンガが原作の竜の子プロ製アニメ『マッハGoGoGo』が、アメリカで『スピードレーサー』として人気を呼び、そのアニメを見た世代が大人になった2008年、ハリウッド製の実写版が公開された。
◎『0戦はやと』(辻なおき)
これも「少年キング」連載の戦記マンガ。「少年画報」連載の『0戦太郎』の延長にある作品で、どちらも読んでいたはずだが、内容については、ほとんど記憶に残っていない。
■「少年ブック」
◎『燃えろ南十字星』(松本あきら)
前述したので省略するが、このマンガに遭遇していなかったら、マンガを描くことはなかったかもしれない。同じ「少年ブック」では、望月三起也が、戦記マンガの読み切りシリーズを、別冊フロクで描いていた。
■「冒険王」
◎『ゼロ戦レッド』(貝塚ひろし)
荒唐無稽で同じ作者の『くりくり投手』の戦記マンガ版のようなところもあった。秘密基地を保ち、独立義勇軍として活躍するところなどは、もしかして『紺碧の艦隊』(荒巻義雄)の原点? リアリティはなかったが、痛快航空アクションとして楽しんでいた。
貝塚マンガは、明るい前向きな主人公の目の光に、いつも魅力を感じていた。
■その他
◎『とらの子兵長 』(わちさんぺい)
元、陸軍航空隊整備兵の経歴を持つ『ナガシマくん』のわちさんぺいが描いた航空戦記マンガ。東南アジアを舞台にしていた。絵は、もともとがギャグマンガ家なので、線なども簡単だったが、その省略された線で描く隼などの戦闘機がリアルだった。また、石油タンクの爆発、火薬による爆発などの煙の描きわけをきちんとしており、さすが経験者はちがうと妙に納得したものだ。
「隼」が機体を傾けるときは、必ず〈クラッ〉という擬音が入っていた。SF作家で、『覇者の戦陣』という大河仮想戦史シリーズも手がけている谷甲州さんと会ったとき、わちさんぺいの戦記マンガの話題を出したとたんに、「わちさんぺいといえば、クラッだよね」と谷さんは応じてくれた。谷さんは同年生まれだが、やはり、あの「クラッ」は印象的だったらしい。
わちさんぺい氏は、一九九九年に亡くなられたとのこと。晩年まで釣りマンガを中心に仕事をされていた。
『空のよもやま物語―空の男のアラカルト』(わちさんぺい著/光人社NF文庫)は、ぼくの愛読書の一冊でもある。
つづく



