2012年02月14日

『漫画家フォーラム~マンガ教育の過去・現在・未来~』で講演

 マンガ家に安価な住まいを提供することで、マンガ家のデビュー支援を手がけている「トキワ荘プロジェクト」(NPO法人NEWVERY)が、2月22日(水)に、東京・新宿の新宿コズミックセンターで開催する「第1回漫画家フォーラム~マンガ教育の過去・現在・未来~」で、すがやみつるが基調講演をすることになりました。

『基調講演 すがやみつる先生 現在の漫画業界と漫画家教育 (40分)』ということになっていますが、「現在の漫画業界」については、マンガ雑誌最前線の当事者ではなくなっています。交流のあったマンガ雑誌の編集者も、定年退職していく年代で、会社に残っている方々は役員クラスの方ばかり。ですから、わかるマンガ業界の現況というと、現役バリバリのマンガ家とは、ちょっと視点が異なるものになるでしょう。

「マンガ教育」については、早稲田大学で教育工学を学んだ理由とも関連しますので、これから実際に大学で教鞭を執る立場からも、あれこれ語ることができると思います。以前は、「大学でマンガを学ぶなんて邪道だ」と思ったりもしていましたが、自分が大学で学んでみて、このあたりの考え方も大きく変わりました。そんなことも話せれば……と思っていますが、その前に、問題は、いま抱えている原稿が終わるかどうかだ。馬力をかけます。

 このフォーラムについての詳細は、以下で。

『第1回 漫画家フォーラム~マンガ教育の過去・現在・未来~』

  

Posted by すがやみつる/菅谷充 at 11:24マンガ/アニメ

2012年02月14日

読書:『マンガの遺伝子』(斎藤宣彦/講談社現代新書)

『マンガの遺伝子 (講談社現代新書)』『マンガの遺伝子 (講談社現代新書)』(斎藤宣彦/講談社現代新書/2011年12月刊/798円)

 発売前に予約までして買ったのに、大学業務などが忙しく、飛び飛びに読んでいて、ようやく読了しました。

 この本、ページを開いて冒頭を読んだときからビックリでした。『人間失格』(太宰治)の主人公がマンガ家だったなんて! 高校3年生のときに読んだのは確かだけれど、そんなこと、まるで記憶にありません。すでにマンガを描き、2ヶ月に一度のペースで状況しては、マンガ家の先生方の仕事場を訪問したり、マンガ仲間と会ったりしていた頃で、主人公がマンガ家の小説なら、絶対に記憶に残っていいはずなのになあ。

 大江健三郎や曾野綾子、三島由紀夫、井伏鱒二……あたりなら、読んだ作品の断片も憶えているのに、太宰治だけは記憶にない。『人間失格』だけじゃないぞ、『富嶽百景』も『斜陽』も読んだはずなのに、記憶のかけらもない。記憶にあるのは『走れメロス』だけだ。あ、「富士には月見草がよく似合う」という『富嶽百景』の一節は憶えているけれど、でもこれは観光バスで御坂峠を通りかかったときに見た石碑の文字の記憶かもしれない。「マンガ家になって一発当ててやろう!」なんて野心に燃える高校生は、太宰治の作品って、好きになれなかったんでしょう、きっと(笑)。

 ついでに驚いたのは、いきなりぼくの名前が出て来たこと。ギャグマンガの名称の由来などを考察した第三章に、ぼくが石ノ森章太郎先生の『アンドロイドV』の解説に書いた文章の一節が出てきて、あれま! と驚いたりも。「ギャグマンガ」という言葉を初めて目にしたのは『マンガ家入門』だったというぼくの文章が紹介されていたのですが、あの頃(1960年代)のトキワ荘グループの皆さんは、映画のほかに、ディレッタント色の強い(いまでいうサブカル度やオタク度の強い)SFやミステリー系の雑誌(映画の雑誌も)を基礎教養にしていたようなところもあり、そんなところから、「パロディ」などの言葉とともに、「ギャグ」という言葉も内輪で定着していったのではないでしょうか……と、そんな仮説を持っています。

 そのせいで、先月、宮城県登米市の石ノ森章太郎ふるさと記念館に行ったときも、館内に再現されいているトキワ荘時代の石ノ森章太郎先生の仕事部屋をじっくりと覗き込み、本箱に初期のハヤカワSFやミステリーのポケットブックのシリーズが並んでいるのを確認してきたのでありました。こんな本のほかに、「ハヤカワミステリマガジン」だの「ヒッチコックマガジン」(小林信彦誌が編集長)だのといった雑誌が、アメリカの映画やテレビドラマ、小説などに関する情報を伝えていたのではないでしょうか。

 第4章には「速度の表象」という言葉が出てきますが、たまたま今年から同じテーマについての研究を開始することになっていました。モータースポーツにも関わり、レースマンガやレース小説、航空戦記小説も多く手がけてきた身であるために、「マンガに登場するメカニズム」には幼少の頃から非常に興味があり、「スピードの表象」(こちらが研究計画で使った言葉)にも感心がありました。とりわけモータリゼーションの発達と、マンガ(と周辺メディア)におけるメカニズムとスピードの表現について、あらためて検証してみたいと考え、資料を集めたり、クラシックカーの展示会に出かけたりしています。京都精華大学マンガ学部は、マンガの実作だけでなく、マンガについての研究機関の役割も果たしています。この点が、京都精華大学で教鞭を執ることを志望した大きな理由でもありました。

 マンガの歴史の中で、もっともリアルに描かれた乗り物は、おそらく飛行機だと思われます。少年マンガでは1960年代に戦記マンガが人気を博しましたが、その大半は、航空戦記マンガでした。登場する航空機は、戦闘機や爆撃機というジャンルでまとめられることなく、零戦や紫電改、グラマンF6F「ヘルキャット」といった機種ごとに、精細に描かれました(もっとも怪しいマンガが多かったのではありますが)。これはプラモブームの影響もあったことでしょう。ただし、戦艦大和や九七式中戦車がメカの主役となるマンガは、ほとんどありませんでした。これは戦闘機という一人乗りの機敏な兵器が、スポーツのような1対1の戦いを描くのに適していたからでしょう。

 第二次世界大戦中の航空兵器に比べると、自動車は、長いこと、乗用車、スポーツカー、トラック、バス……などのカテゴリーがわかる程度にしか描き分けられませんでした。マンガ家の中には自動車の運転免許を持っている人も少なく、自動車の車種にまで興味が及ばなかったせいでしょう。そんななかでいち早く免許を取得し、輸入車のスポーツカーを乗り回していたのが関谷ひさし氏でした。関谷氏は、当然ながら自動車やモータースポーツに対する造詣も深く、マンガに登場する自動車も、その車種がわかるように描かれていました。

 その後、「COM」でデビューした宮谷一彦氏が、作品中に登場する自動車にこだわり、リアルに描くようになりました。宮谷氏は、自動車だけでなく、ウィスキーのボトルからコーラーの瓶、エレキギターといった小道具まで、それがサントリー・オールドであり、コカコーラであり、リッケンバッカーであり……と一目でわかるように描き込みました。1980年頃に「文藝新人賞」でデビューした田中康夫氏の『なんとなくクリスタル』が、地名や商品、各種ブランドをそのまま出していたために「カタログ小説」と呼ばれましたが、その萌芽は宮谷劇画だったといえるかもしれません。あ、小説の方には、もっと古くからカタログ要素を入れた人がおりました。登場するクルマの車種や銃器についてカタログスペックのようなデータを並べ、主人公が履くジーンズはリーバイス、眠気覚ましに粉のまま飲むインスタントコーヒーはネスカフェと、現在だったらガジェットオタクとでも呼ばれそうな作品を書いていたのは、あの『汚れた英雄』の大藪春彦氏です。

 このような作品中での固有名詞の描かれ方、さらには乗り物のスピード表現について、マンガだけでなく、小説や他のメディア、あるいは実際の自動車やモータースポーツの歴史と比較検討してみたいなと思っているところです。

 本書では、スピード表現の描線についても、独自の命名があって、面白かった。しげの秀一さん、楠みちはるさんあたりから始まったラフな描線が、青年誌では当たり前になり、少年誌でも曽田正人氏の絵が、『め組の大吾』から『昴』を経て『capeta』に移行する過程で、どんどん線がラフになっている。過激ともいえるほど。このあたりの考察も、今後、どなたかにしてもらえないものでしょうか。

 第8章の「サンプリングマンガ」あたりでは、マンガとアートについて語られているのですが、こちらも先日、横浜の北仲スクールで開催されたシンポジウムで、ぼくが考える「アートとしてのマンガ」について話したばかり。そこで最初に持ち出したのが、やはり本書と同じリキテンシュタインでした。ただし、あとの展開は違っているのですが。

 読んでいて、あれこれマンガについて芋づる式に考えてしまい、読了までに時間がかかってしまいましたが、新書ということもあってか、全体的には、少し物足りなさも。NTT出版あたりから、ドカンと大部の1冊にまとめて出してほしかった……なんてことを考えたのは、ないものねだりかもしれません。でも、「ジャンル別・マンガの歴史」みたいな研究のきっかけ(つまり問題提起)としては、うってつけですね。この本に刺激されて、他のジャンルについての後発研究が出てくることに期待しましょう。

  

Posted by すがやみつる/菅谷充 at 10:42