2008年10月24日
■『仮面ライダー青春譜』第69回
第7章 『仮面ライダー』騒乱記
●オイルショックで消えた週刊誌連載
『仮面ライダー』をはじめとする石森プロの仕事に追われる毎日がつづいていた1973年の春、突然、予想もしなかった人から電話がかかってきた。
電話の主は、「冒険王」に『新・仮面ライダー』の連載一回目を描いた直後、「すがやを『仮面ライダー』からおろせ」と石ノ森先生のところに怒鳴り込んできた秋田書店の壁村耐三氏である。壁村氏は、あの〈事件〉の直後に「冒険王」から「週刊少年チャンピオン」の編集長に異動し、同時に「月刊少年チャンピオン」の編集長も兼任中だった。
その壁村編集長からの電話は、「『月刊少年チャンピオン』でマンガを描いてみないか?」というものだった。
もちろんビックリ仰天である。
「本当に、ぼくでいいんですか……?」
おそるおそる訊き返した。一年前、あれだけの剣幕で「すがやをおろせ!」と言われたのだ。京王プラザホテルのロビーでの様子は、いまだにしっかりと脳裡に焼きついていた。
「『仮面ライダー』もずっと見ていて、うまくなったのを確認したから依頼してるんじゃないか」
壁村編集長が苦笑しながら発注してくれたのは、劇場映画のマンガ化――いまでいうコミカライズの仕事だった。
最初に手がけたのは、チャールトン・ヘストン主演の『ベン・ハー』である。4時間ほどもある大長編映画を45ページほどにまとめる仕事だった。
『ベン・ハー』のマンガ化にあたっては原作の小説も読んだが、この作品の原題は『イエス・キリストの物語』。映画でも最後にキリストの処刑シーンが出てきたが、児童マンガを描いてきた経験から、宗教的なシーンを入れるのに抵抗を感じ、その直前でマンガを終えることにした。
そのネームを壁村編集長に見せると、「映画と同じ最後にしなくちゃダメだよ。そういう映画なんだから」とのことでボツ。ラストの数ページを調整して、最後に処刑シーンを入れることになった。
一生懸命になって描いたのは確かだが、意識が先走りしたのか、どうもギクシャクした感じに仕上がっていた。
そんなこともあって「月刊少年チャンピオン」の仕事は一回こっきりで終わるんじゃないかと思っていたら、そんなことはなく、さらに『最後の猿の惑星』、レース映画の『ラスト・アメリカン・ヒーロー』、予告では田辺節夫氏の名前になっていた『ダーティハリー2』、ジョン・ウェイン主演の『マックQ』といった映画のコミカライズを描きつづけることになった。
その後、一九七三年の終わりになって、「週刊少年チャンピオン」の新人に割り当てられた枠で、十回連載をやらせてもらえることになった。東京の下町を舞台にした原作つきのマンガで、担当編集者と一緒に都電荒川線に乗って舞台となる地域に出かけ、背景に必要な写真撮影もすませたとき、中東で起きた戦争をきっかけに、突如、世界を襲ったのがオイルショックだった。
石油が値上がりし、ガソリンも高騰して、ガソリンスタンドは休日が休みになった。値段が上がったのは石油やガソリンだけではない。石鹸もトイレットペーパーも値段が急騰し、ついにはスーパーや商店の店頭から商品が消えた。エアコンの使用を控えようということで、翌年の夏には〈省エネルック〉というおかしなファッションまで飛び出した。
マンガ雑誌に使われる再生紙の値段も急上昇し、定価を維持するために総ページ数が減らされた。「少年チャンピオン」でも、一折り(三二ページ)のページ減が決定した。それは、ぼくが連載の準備をしていた新人枠のページだった。
こうして、すがやみつるは、週刊少年誌に連載するチャンスを逃したのだが、それがいいことだったのか、悪いことだったのか……。これが「テレビマガジン」や学年誌、「コロコロコミック」といった児童マンガに注力するきっかけにもなったのだから、とりあえずは〈よし〉ということにしておこう。
つづく
●オイルショックで消えた週刊誌連載
『仮面ライダー』をはじめとする石森プロの仕事に追われる毎日がつづいていた1973年の春、突然、予想もしなかった人から電話がかかってきた。
電話の主は、「冒険王」に『新・仮面ライダー』の連載一回目を描いた直後、「すがやを『仮面ライダー』からおろせ」と石ノ森先生のところに怒鳴り込んできた秋田書店の壁村耐三氏である。壁村氏は、あの〈事件〉の直後に「冒険王」から「週刊少年チャンピオン」の編集長に異動し、同時に「月刊少年チャンピオン」の編集長も兼任中だった。
その壁村編集長からの電話は、「『月刊少年チャンピオン』でマンガを描いてみないか?」というものだった。
もちろんビックリ仰天である。
「本当に、ぼくでいいんですか……?」
おそるおそる訊き返した。一年前、あれだけの剣幕で「すがやをおろせ!」と言われたのだ。京王プラザホテルのロビーでの様子は、いまだにしっかりと脳裡に焼きついていた。
「『仮面ライダー』もずっと見ていて、うまくなったのを確認したから依頼してるんじゃないか」
壁村編集長が苦笑しながら発注してくれたのは、劇場映画のマンガ化――いまでいうコミカライズの仕事だった。
最初に手がけたのは、チャールトン・ヘストン主演の『ベン・ハー』である。4時間ほどもある大長編映画を45ページほどにまとめる仕事だった。『ベン・ハー』のマンガ化にあたっては原作の小説も読んだが、この作品の原題は『イエス・キリストの物語』。映画でも最後にキリストの処刑シーンが出てきたが、児童マンガを描いてきた経験から、宗教的なシーンを入れるのに抵抗を感じ、その直前でマンガを終えることにした。
そのネームを壁村編集長に見せると、「映画と同じ最後にしなくちゃダメだよ。そういう映画なんだから」とのことでボツ。ラストの数ページを調整して、最後に処刑シーンを入れることになった。
一生懸命になって描いたのは確かだが、意識が先走りしたのか、どうもギクシャクした感じに仕上がっていた。
そんなこともあって「月刊少年チャンピオン」の仕事は一回こっきりで終わるんじゃないかと思っていたら、そんなことはなく、さらに『最後の猿の惑星』、レース映画の『ラスト・アメリカン・ヒーロー』、予告では田辺節夫氏の名前になっていた『ダーティハリー2』、ジョン・ウェイン主演の『マックQ』といった映画のコミカライズを描きつづけることになった。その後、一九七三年の終わりになって、「週刊少年チャンピオン」の新人に割り当てられた枠で、十回連載をやらせてもらえることになった。東京の下町を舞台にした原作つきのマンガで、担当編集者と一緒に都電荒川線に乗って舞台となる地域に出かけ、背景に必要な写真撮影もすませたとき、中東で起きた戦争をきっかけに、突如、世界を襲ったのがオイルショックだった。
石油が値上がりし、ガソリンも高騰して、ガソリンスタンドは休日が休みになった。値段が上がったのは石油やガソリンだけではない。石鹸もトイレットペーパーも値段が急騰し、ついにはスーパーや商店の店頭から商品が消えた。エアコンの使用を控えようということで、翌年の夏には〈省エネルック〉というおかしなファッションまで飛び出した。
マンガ雑誌に使われる再生紙の値段も急上昇し、定価を維持するために総ページ数が減らされた。「少年チャンピオン」でも、一折り(三二ページ)のページ減が決定した。それは、ぼくが連載の準備をしていた新人枠のページだった。
こうして、すがやみつるは、週刊少年誌に連載するチャンスを逃したのだが、それがいいことだったのか、悪いことだったのか……。これが「テレビマガジン」や学年誌、「コロコロコミック」といった児童マンガに注力するきっかけにもなったのだから、とりあえずは〈よし〉ということにしておこう。
つづく
この記事へのトラックバックURL
http://sugaya.otaden.jp/t12142
(当ブログの内容に無関係のトラックバック、コメントは削除させていただきますので、ご了承ください。メールアドレス、URLの登録は禁止させていただきました)



