2008年08月09日
■『仮面ライダー青春譜』第28回
第4章 アシスタントの頃
●畠山麦さんとの出会い
初めての休みの日、ぼくは、イトコが住む中野坂上のマンションに遊びにいった。
このイトコは、母の姉のひとり息子で、一年前までは、地図専門の出版社に勤務し、地図をライトバンに積んでは、日本各地を飛びまわっていた。
ぼくが高校生のとき、春休みや夏休みに静岡の方面に出張してくると、たいていぼくを助手席に乗せて、営業しながらのドライブに誘い出してくれた。
関西風にいえば高校生のときまでヤンチャをしていたイトコは、工業高校を卒業後、東京の化学工場に就職したものの、身体を壊して退職。その後、地図専門出版社に職を見つけ、営業ルートを開拓する仕事に励んでいた。
一般的な出版物は、出版社から取次店を通じて全国の書店に送られていく。書店は、出版物を週刊誌なら二ヶ月、月刊誌なら三ヶ月、単行本なら六ヶ月の期間だけ預かるが、売れ残りの雑誌や本は、返品できることになっている。このような販売方式を委託販売という。
ところが地図の出版では、ちょっと異なる販売方法が採用されていた。出版社の営業マンが、直接、書店に出かけていき、専用棚に置かれた地図の売れた冊数の代金徴収と、地図の補充をするシステムである。地図だけでなく、実用書などを扱う出版社のなかにも、同様の販売方法を採用しているところがある。
イトコは、現在は一部上場企業となっている地図の出版社に就職し、ライトバンに乗って日本各地の書店をまわり、新規の販売ルートを開拓していったことから、二十五歳で管理職になっていた。
「とにかく東京に出てこい。こんな田舎にいても、あのオヤジの息子と後ろ指さされるばかりで、何もいいことはないぞ」
とイトコは、しきりにぼくを説得しては、ときどきは小遣いまでくれた。
「マンガで食えなくなったら、俺が勤めている会社でアルバイトさせてやるから、安心して出てこい」ともいった。地図の出版社には、地図の原図に色鉛筆で色指定をする仕事があるのだそうで、マンガが描けるくらいなら、簡単にできる仕事だともいってくれた。
そんなことをいっていたイトコは、ぼくが上京する直前、突然、芸能プロのマネージャーに転職してしまっていた。最初に上京したとき、俳優をめざして養成所のようなところに入っていたこともあるらしい。その頃の夢が忘れられず、俳優への道は断念したが、俳優を育てる仕事がしてみたくなり、順調に出世の階段を昇っていた出版社を退職してしまったとのことだった。
イトコは、まだ新婚で、中野坂上にある1DKのマンションに住んでいた。
地下鉄の中野坂上駅から公衆電話で電話をかけ、教えてもらった道順どおりに山手通り沿いに五分ほど歩いたところに、その小さなマンションはあった。
二階の端にあったドアの横のボタンを押すと、なかからチャイムの音が聞こえ、「はーい!」という聞いたことのない甲高い男性の声と一緒に、ドタドタと足音が近づいてきた。
「いらっしゃい、みっつるちゃーん!」
にこやかな笑顔でドアを開けてくれたのは、まるまると太った男性だった。
「麦(ばく)です。よろしくね」
と自己紹介してくれたのは、イトコが勤める芸能プロ所属の俳優だった。芸名は畠山麦(はたけやまばく)。年齢は、ぼくより六歳上の二十四歳。長野県の佐久の生まれで、自衛隊に入っていたこともあるという。
「うちの村の山のてっぺんで立ちションすると、北に流れたのが信濃川に、南に流れたのが富士川に流れていくんだってさ」
と麦さんは話していたが、ぼくは富士川の河口に位置する静岡県富士市の出身である。子ども時代に富士川で泳いだり、鮎釣りをして遊んでいたことを話すと、「俺のオシッコ、飲んでたかもしれないね」と笑っていた。
その日は、イトコのマンションでぼくの歓迎会が開催され、ビールとウィスキーをたらふく飲まされた。郷里にいたときは、父親を筆頭に、周囲は酒乱やアル中だらけだった。酒を飲んでは大騒ぎする姿を日常から目にしていたため、ぼく自身は上京するまで一滴の酒も飲んだことがなかった。しかし、社会人になるには、酒のひとつも飲めなければダメだとイトコに説教され、結局、吐くまで飲まされてしまったのだ。
イトコのマンションに泊まったぼくは、翌朝、電車を乗り継いで大泉学園のアパートに帰ったが、さいわいにして二日酔いの気配もなかった。
途中、西武池袋線の電車の車窓から、「古田体制打倒」「安保反対」などと書かれた大きな立て看板が見えた。そこが江古田の日大芸術学部だということを知ったのは、もうしばらく経ってからのことだった。
以後、仕事が休みになると、イトコや麦さんのところに出かけては、一緒になって遊ぶようになった。
深夜に代々木公園に野球をやりにいって、デート中のカップル(当時はアベックといった)に嫌われたり。イトコの嫁さんの実家にクルマで遊びに出かけたのはいいが、群馬県と新潟県の県境にある三国峠の上り坂でフォルクスワーゲンのドライブシャフトが折れてしまい、トラックを止めてヒッチハイクしたり。このときは、『柔道一直線』の仕事が決った麦さんが、一足先に列車で東京に帰ることになり、最寄り駅まで見送りにいったりもした。『柔道一直線』には、主人公・一条直也の先輩にあたる「大山先輩」の名で出演した。
その後、『ガッツ・ジュン』など多数の子ども向け番組に出演した後、石ノ森章太郎原作の『秘密戦隊ゴレンジャー』にも、カレーの好きなキレンジャーの役で出演することになる。
このキレンジャー役の決定には、ぼくも一枚噛んでいたが、それは、知り合ってから七年ほど後のことだ。さらに、その数年後に、永遠の別れを迎えることになろうとは、報せを受けた瞬間まで、考えたことみたもなかった。
つづく
●畠山麦さんとの出会い
初めての休みの日、ぼくは、イトコが住む中野坂上のマンションに遊びにいった。
このイトコは、母の姉のひとり息子で、一年前までは、地図専門の出版社に勤務し、地図をライトバンに積んでは、日本各地を飛びまわっていた。
ぼくが高校生のとき、春休みや夏休みに静岡の方面に出張してくると、たいていぼくを助手席に乗せて、営業しながらのドライブに誘い出してくれた。
関西風にいえば高校生のときまでヤンチャをしていたイトコは、工業高校を卒業後、東京の化学工場に就職したものの、身体を壊して退職。その後、地図専門出版社に職を見つけ、営業ルートを開拓する仕事に励んでいた。
一般的な出版物は、出版社から取次店を通じて全国の書店に送られていく。書店は、出版物を週刊誌なら二ヶ月、月刊誌なら三ヶ月、単行本なら六ヶ月の期間だけ預かるが、売れ残りの雑誌や本は、返品できることになっている。このような販売方式を委託販売という。
ところが地図の出版では、ちょっと異なる販売方法が採用されていた。出版社の営業マンが、直接、書店に出かけていき、専用棚に置かれた地図の売れた冊数の代金徴収と、地図の補充をするシステムである。地図だけでなく、実用書などを扱う出版社のなかにも、同様の販売方法を採用しているところがある。
イトコは、現在は一部上場企業となっている地図の出版社に就職し、ライトバンに乗って日本各地の書店をまわり、新規の販売ルートを開拓していったことから、二十五歳で管理職になっていた。
「とにかく東京に出てこい。こんな田舎にいても、あのオヤジの息子と後ろ指さされるばかりで、何もいいことはないぞ」
とイトコは、しきりにぼくを説得しては、ときどきは小遣いまでくれた。
「マンガで食えなくなったら、俺が勤めている会社でアルバイトさせてやるから、安心して出てこい」ともいった。地図の出版社には、地図の原図に色鉛筆で色指定をする仕事があるのだそうで、マンガが描けるくらいなら、簡単にできる仕事だともいってくれた。
そんなことをいっていたイトコは、ぼくが上京する直前、突然、芸能プロのマネージャーに転職してしまっていた。最初に上京したとき、俳優をめざして養成所のようなところに入っていたこともあるらしい。その頃の夢が忘れられず、俳優への道は断念したが、俳優を育てる仕事がしてみたくなり、順調に出世の階段を昇っていた出版社を退職してしまったとのことだった。
イトコは、まだ新婚で、中野坂上にある1DKのマンションに住んでいた。
地下鉄の中野坂上駅から公衆電話で電話をかけ、教えてもらった道順どおりに山手通り沿いに五分ほど歩いたところに、その小さなマンションはあった。
二階の端にあったドアの横のボタンを押すと、なかからチャイムの音が聞こえ、「はーい!」という聞いたことのない甲高い男性の声と一緒に、ドタドタと足音が近づいてきた。
「いらっしゃい、みっつるちゃーん!」
にこやかな笑顔でドアを開けてくれたのは、まるまると太った男性だった。
「麦(ばく)です。よろしくね」
と自己紹介してくれたのは、イトコが勤める芸能プロ所属の俳優だった。芸名は畠山麦(はたけやまばく)。年齢は、ぼくより六歳上の二十四歳。長野県の佐久の生まれで、自衛隊に入っていたこともあるという。
「うちの村の山のてっぺんで立ちションすると、北に流れたのが信濃川に、南に流れたのが富士川に流れていくんだってさ」
と麦さんは話していたが、ぼくは富士川の河口に位置する静岡県富士市の出身である。子ども時代に富士川で泳いだり、鮎釣りをして遊んでいたことを話すと、「俺のオシッコ、飲んでたかもしれないね」と笑っていた。
その日は、イトコのマンションでぼくの歓迎会が開催され、ビールとウィスキーをたらふく飲まされた。郷里にいたときは、父親を筆頭に、周囲は酒乱やアル中だらけだった。酒を飲んでは大騒ぎする姿を日常から目にしていたため、ぼく自身は上京するまで一滴の酒も飲んだことがなかった。しかし、社会人になるには、酒のひとつも飲めなければダメだとイトコに説教され、結局、吐くまで飲まされてしまったのだ。
イトコのマンションに泊まったぼくは、翌朝、電車を乗り継いで大泉学園のアパートに帰ったが、さいわいにして二日酔いの気配もなかった。
途中、西武池袋線の電車の車窓から、「古田体制打倒」「安保反対」などと書かれた大きな立て看板が見えた。そこが江古田の日大芸術学部だということを知ったのは、もうしばらく経ってからのことだった。
以後、仕事が休みになると、イトコや麦さんのところに出かけては、一緒になって遊ぶようになった。
深夜に代々木公園に野球をやりにいって、デート中のカップル(当時はアベックといった)に嫌われたり。イトコの嫁さんの実家にクルマで遊びに出かけたのはいいが、群馬県と新潟県の県境にある三国峠の上り坂でフォルクスワーゲンのドライブシャフトが折れてしまい、トラックを止めてヒッチハイクしたり。このときは、『柔道一直線』の仕事が決った麦さんが、一足先に列車で東京に帰ることになり、最寄り駅まで見送りにいったりもした。『柔道一直線』には、主人公・一条直也の先輩にあたる「大山先輩」の名で出演した。
その後、『ガッツ・ジュン』など多数の子ども向け番組に出演した後、石ノ森章太郎原作の『秘密戦隊ゴレンジャー』にも、カレーの好きなキレンジャーの役で出演することになる。
このキレンジャー役の決定には、ぼくも一枚噛んでいたが、それは、知り合ってから七年ほど後のことだ。さらに、その数年後に、永遠の別れを迎えることになろうとは、報せを受けた瞬間まで、考えたことみたもなかった。
つづく
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http://sugaya.otaden.jp/t6017
富士に行ってきた。 といっても別に富士山に登った訳でもなければ富士スピードウェイ
富士に行ってきた【たなぼた】at 2009年07月23日 12:52
すがやみつる先生、
俺はつい最近たけくまメモの掲示板から来たのですが、『仮面ライダー青春譜』のカテゴリー検索を10話単位で区切ったほうが検索しやすいです。今過去ログを9話まで読みましたが完読するのにもうしばらくかかりそうなので調べやすくしてもらえると助かります。
俺はつい最近たけくまメモの掲示板から来たのですが、『仮面ライダー青春譜』のカテゴリー検索を10話単位で区切ったほうが検索しやすいです。今過去ログを9話まで読みましたが完読するのにもうしばらくかかりそうなので調べやすくしてもらえると助かります。
Posted by 通りすがり at 2008年08月09日 10:33
どうも申し訳ありません。
右上の「連載読み物(目次)」「仮面ライダー青春譜」をクリックしていただくと、目次一覧のページに飛びますので、こちらをご利用ください。カテゴリーの分け方については、章で分けるなど、ちょっと考えてみます。
右上の「連載読み物(目次)」「仮面ライダー青春譜」をクリックしていただくと、目次一覧のページに飛びますので、こちらをご利用ください。カテゴリーの分け方については、章で分けるなど、ちょっと考えてみます。
Posted by すがやみつる/菅谷充 at 2008年08月09日 11:27
> 右上の「連載読み物(目次)」「仮面ライダー青春譜」をクリックしていただくと、目次一覧のページに飛びますので、こちらをご利用ください。
わざわざ、返答ありがとうございます。
実は今携帯から見ています。だからカテゴリー検索から探す事になって休憩時間に見るときは時間がかかるんですよね。
ところで、ざっと見た感想ですが、映画の話の時はこっちももらい泣きしそうになりましたよ。
人が何かを目指そうとしたときの段階を踏む過程がよく描写されててこっちもワクワクしてきそうです。休憩時間の楽しみとして最後まで完読させてもらいますよ。
わざわざ、返答ありがとうございます。
実は今携帯から見ています。だからカテゴリー検索から探す事になって休憩時間に見るときは時間がかかるんですよね。
ところで、ざっと見た感想ですが、映画の話の時はこっちももらい泣きしそうになりましたよ。
人が何かを目指そうとしたときの段階を踏む過程がよく描写されててこっちもワクワクしてきそうです。休憩時間の楽しみとして最後まで完読させてもらいますよ。
Posted by 通りすがり at 2008年08月09日 12:55
感想をありがとうございました。
携帯電話でのアクセスのことは想定していませんでした。のちほど試してみて、どのようにしたらいいか対策を考えてみます。
携帯電話でのアクセスのことは想定していませんでした。のちほど試してみて、どのようにしたらいいか対策を考えてみます。
Posted by すがやみつる/菅谷充
at 2008年08月09日 13:08
at 2008年08月09日 13:08>通りすがりさん
とりあえず携帯電話でも最新の目次が最初に表示されるようにしました。また、「仮面ライダー青春譜」については、携帯電話で「つづき」をクリックしても表示されないようでしたので、これも正しく表示できるよう、全記事を修正しました。
少しは読みやすくなったのではないかと思いますが、ご確認ください。
とりあえず携帯電話でも最新の目次が最初に表示されるようにしました。また、「仮面ライダー青春譜」については、携帯電話で「つづき」をクリックしても表示されないようでしたので、これも正しく表示できるよう、全記事を修正しました。
少しは読みやすくなったのではないかと思いますが、ご確認ください。
Posted by すがやみつる/菅谷充
at 2008年08月09日 17:30
at 2008年08月09日 17:30>すがやみつる先生
確認しました。
検索しやすいですね。早速『炎のコマ』の回を見ましたが確かにつづくで次の回にいけました。クレームついでにもう少し言わせてもらうと各話の題名の前に『第〇話』みたいに話数を入れるとより良いのではないでしょうか?
ところで、俺も小学生のころエレクトリックサンダー試しましたよ。あんまり小遣いを貰える方では無かったので人に借りてよむのがもっぱらでしたのでじっくり読まないためか2万回を2回と読み違えて一生懸命手を摺り合わせでいました。大人になったらなったで百円ライターのガスを手に溜めて手をふる瞬間に火をつけてみたことがあります。インパクトは絶大でしたね。
長くなってすいません。
確認しました。
検索しやすいですね。早速『炎のコマ』の回を見ましたが確かにつづくで次の回にいけました。クレームついでにもう少し言わせてもらうと各話の題名の前に『第〇話』みたいに話数を入れるとより良いのではないでしょうか?
ところで、俺も小学生のころエレクトリックサンダー試しましたよ。あんまり小遣いを貰える方では無かったので人に借りてよむのがもっぱらでしたのでじっくり読まないためか2万回を2回と読み違えて一生懸命手を摺り合わせでいました。大人になったらなったで百円ライターのガスを手に溜めて手をふる瞬間に火をつけてみたことがあります。インパクトは絶大でしたね。
長くなってすいません。
Posted by 通りすがり at 2008年08月09日 20:04
戦隊ものの黄色がカレー好きの肥満体というのはしばらくつづきましたねえ。もう30年以上になりますか。
ここ10年ほどはイエローはミステリアスな女の枠になってしまいました。紅一点ではアメリカヨーロッパに輸出しにくいという理由からだそうです。男女比人種比をあわせないといけないわけですね。
ここ10年ほどはイエローはミステリアスな女の枠になってしまいました。紅一点ではアメリカヨーロッパに輸出しにくいという理由からだそうです。男女比人種比をあわせないといけないわけですね。
Posted by madi at 2008年08月10日 00:00
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