2008年10月01日

■『仮面ライダー青春譜』第65回

 第7章 『仮面ライダー』騒乱記

●「冒険王」編集長の殴り込み

 一九七二年に入ってからも「テレビマガジン」で『仮面ライダー』の連載をつづけていた。ほかに「ディズニーランド」でも連載がはじまり、さらに商品化権の仕事もあって、忙しさは変わらずだった。
「ディズニーランド」連載『仮面ライダー』(1972年2月号掲載)
「ディズニーランド」連載『仮面ライダー』(1972年2月号掲載)
「ディズニーランド」(講談社)1972年2月号掲載の『仮面ライダー』。幼児誌や低学年向け学習誌の仕事は、まず読者に理解してもらうことが第一で、その後、「わかりやすいマンガ」を描くうえで、非常に勉強になった。(画像をクリックすると拡大します)
 経済的にもゆとりができ、アパートに電話も引いたのだが、締切が迫ると当然、編集者から催促の電話がかかってくる。電話のベルが、いつ鳴るかもしれず、寝ていても不安になって、目が覚めるたびに、電話機の存在を確認していたものだった。電話は、締切の催促を伝える怖い存在でもあり、同時に、新しい仕事を運んでくれるありがたい存在でもあった。
 電話で忘れられないのは、浅間山荘事件のときのことだ。
 過激派の連合赤軍が軽井沢の浅間山荘に立て籠もる事件を起こしたのは、相変わらず石森プロの仕事に追われていた一九七二年二月一九日のことだった。二八日になって警察が突入を開始し、その模様がテレビで中継されたが、こちらは「テレビマガジン」連載の『仮面ライダー』の締切を延ばしてもらう状態で、ヒイヒイと原稿の色塗りをしているときだった。
 ふだん、あまりテレビを見ることもなかったが、この日ばかりは特別で、原稿の色を塗りながらも、つい目はテレビに向いてしまう。
 編集者からの電話が鳴ったらどうしようと、ビクビクドキドキしながらテレビを見ていたのだが、この日ばかりは、ついに催促のベルも鳴ることもなく、なんとか翌日に原稿を渡すことができたのだった。おそらく編集者もテレビに釘付けになっていたのだろう。

「テレビマガジン」や「ディズニーランド」で『仮面ライダー』の連載をつづけていると、こんどは秋田書店の「冒険王」でも『仮面ライダー』の連載がはじまることになった。しかも、この連載も、どういうわけか石ノ森先生が、ぼくを指名してくれたのだ。
 しかし、問題はページ数だった。「テレビマガジン」はページ数が一四ページから一八ページくらい。低学年向けだったこともあってストーリーもシンプルなものですんだ。ところが「冒険王」の一回目は、なんと四五ページもあるではないか。当時のぼくにとっては気が遠くなりそうなほどの大長編だった。
 これだけのページ数になると、ひとりで描くのは無理だ。そこで石森プロのマネージャーが、石ノ森先生のアシスタント予備軍として石森プロに入った若者を、ぼくのアシスタントにつけてくれることになった。
 岐阜県出身の声が大きな若者の名は、山田五郎。後に山田ゴロの名前でデビューする。
 中城健氏のところでアシスタントをしていた経験があるというゴロちゃんに手伝ってもらい、途中、石ノ森先生のチェックを受けてネームや下絵の直しをしながらも、なんとか45ページの原稿を仕上げることができた。
 先生の最後の監修も受けて編集者に原稿を渡した数日後、京王プラザホテルのロビーで石ノ森先生を囲んで仕事の打ち合わせをしているところに、「冒険王」の壁村耐三編集長が怖い顔でやってきた。石森プロに電話して、ここにいることを聞き、直接乗り込んできたらしい。
「冒険王」連載『新・仮面ライダー』1回目(1972年5月号掲載)
「冒険王」(秋田書店)1972年5月号掲載の『新・仮面ライダー』1回目の一部。当時は自分でもひどい作品だと思っていたが、いま読むと、さほど気にならない。感性が風化してしまったのかな?(画像をクリックすると拡大します)
 壁村氏の用件は、
「こんなヘタクソなマンガを載せつづけるわけにはいかない。別のマンガ家に替えてくれ!」
 というものだった。それも、当のヘタクソなマンガを描いた張本人がいる目の前である。張本人のぼくは、もちろん青ざめ、クビを覚悟した。
 ところが石ノ森先生は少しもあわてず、
「おれが責任をもって監修するから、もう少し待ってみてくれないか」
 と取りなしてくれたのだ。
 石ノ森先生に、こういわれては、原稿の遅い手塚治虫先生のことを「手塚遅虫{オソムシ}」と読んでののしったとか、天下の手塚先生の原稿を破ったという伝説の編集者も引きさがらざるをえなかった。石ノ森先生のおかげでぼくのクビは、薄皮一枚のこして斬られるのをまぬがれたのだ。
 それだけではない。なんと石ノ森先生は、「まんが・石森プロ」となっていたクレジットについても注文を出した。
「すがやの名前を出してやってくれ」
 と壁村編集長に頼み込んでくれたのだ。編集長は渋ったが、結局、先生が自分の主張を押しとおした。
 編集長が帰ったあと、石ノ森先生は、
「名前が石森プロのままだと、マンガに詳しくない読者に、おれが自分でマンガを描いていると思われるだろ。こんなにヘタクソなのかと読者に思われるのもしゃくだしな」
 と笑っていたが、あとで石森プロのマネージャーから聞いた話では、石ノ森先生は、「名前を出してやったほうが、描く本人も張り合いが出て、うまくなるのも早くなるはずだ」と話していたらしい。
 そのおかげで、以後の「冒険王」や「テレビマガジン」の作者名は、「原作・石森章太郎、まんが・すがやみつる(石森プロ)」に変わることになる。名前が出るのは、やはり嬉しいものだった。
 同時にマンガ家として、責任が増したことも実感した。駆け出しとはいえマンガ家は、名前も出るし、ときには顔も雑誌に載る。つまりパブリックな職業というわけだ。とりわけ児童向けのマンガ家は、子どもたちの憧れの職業だということも自覚する必要がある。
「もう悪いことはできないぞ……!」
 ぼくは、そんなことを考えながら気を引き締めた。

  つづく

仮面ライダー旧1号

ソフビ魂VOL.31
仮面ライダー桜島旧1号


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Posted by すがやみつる/菅谷充 at 18:03 Comments(8)TrackBack(0)

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この記事へのコメント

はじめまして
翁の一人琴のオジです。
観覧ありがとうございます。感激です!!ゲームセンターあらしのアニメの時うちの師匠の毛利和昭が原画を描いているのを見ておりました。無論アニメも原作も!!
Posted by オジオジ at 2008年10月01日 21:22
>オジさん

「イラスト」という言葉に惹かれて覗かせていただきました。素晴らしい絵で感服しました。こちらは絵についてはコンプレックスの塊なものでして(^_^;)。

 これからもよろしくお願いいたします。
Posted by すがやみつる/菅谷充すがやみつる/菅谷充 at 2008年10月01日 23:13
殺人レントゲンですが、放射線発生装置だと14MHzのキロワットアンプがつかわれているのが通常で、当時の技術だと20キロ以上になり、持ち運びは困難だったことでしょう。いまでもバッテリー駆動は無理かもしれませんね。Dクラスアンプという技術ができたのでいまなら5キロくらいでもできるかもしれませんが、バッテリーが難点になります。
先生は、この時期はアマチュア無線に興味はもうあったのでしょうか?
Posted by madi at 2008年10月02日 00:06
>madiさん

 アマチュア無線は、やっていませんでした。この1年くらい後にコールサインを取って開局しました。

 そもそもX線で、人間を骨だけにしたしまうという設定が、もともと無理があるのだと思われます(^_^;)。
Posted by すがやみつる/菅谷充すがやみつる/菅谷充 at 2008年10月02日 00:25
なるほど、画面の衝撃性を重視されていたんですねえ。

増村ひろし先生の「霧に むせぶ夜」のラストシーンが女性が骨だけになるシーンでしたが、すがや先生のほうが古いのではないでしょうか。
Posted by madi at 2008年10月02日 02:07
漫画家の島本です。失礼いたします。
この作品のとき私は実際に毎月冒険王を買って読んでいました。
第一回目は実は私が一番好きな回で、
構図とかコマワリのタイミングとか、ストーリーのテンポとか
ラストへのもつれこみ具合とか
ミミズ男の哀愁とか(この漫画のミミズ男を読んでミミズ男が好きになりました(笑)。)
幕引きとかすべてが好きですね!
のちに「すがや節」的なライダーになってからもその味もいいのですが
この1回目は何度も読み返した思い出があります。
ほとんど記憶していおります。コミックス(最近のもの)で久し振りに読み返しましたが
ここまで自分が記憶しているとは(笑)。
たくさん怪人が出てくるのだけれどもどれにも一つ持ち味が描かれていて
愛情を感じてました。
全然下手ではありません!
当時小学生[もしくは中学生]の私も今でも
そう感じます。[もしくはその部分は下手で構わない部分と認識しているのか・・・??]
長いコメント失礼いたしました。
今後のストーリーも楽しみにしております。
「小説の書き方」も買いました[数年前ですが]…私もいつかそっちに挑戦したいです(笑)。
Posted by 島本和彦 at 2008年10月02日 10:05
>島本さん

 お久しぶりです。といっても、丈君の結婚式でお会いしたことがあるだけですが。

 コメントをありがとうございました。恥ずかしくて冷や汗タラタラです(^_^;)。

 また、拙著をお買い上げいただき、ありがとうございました。こちらは横山えいじさんに作画をお願いしたおかげで、大人の目にも耐えられる作品になったのではないかと思います。ぜひ、小説にも挑戦してください。楽しみにしています。
Posted by すがやみつる/菅谷充 at 2008年10月02日 11:13
とんでもないです!!!プロの先生にそう言われると照れてしまいます、、こちらこそよろしくお願いします。
Posted by オジオジ at 2008年10月02日 12:55
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