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<title>すがやみつるblog</title>
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<description>　マンガ家・小説家のすがやみつる／菅谷充のblogです。マンガや小説だけでなく、アマチュア無線、ラジコン、マイコン、パソコンなどのオタク前史時代についても書いていく予定です。</description>
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<pubDate>Tue, 03 Jun 2008 17:45:57 +0900</pubDate>
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<title>深夜の『深夜食堂』</title>
<description>　あ、もう日付が変わってしまって２日前になってしまったけれど、８日の夜、都内某所で、先日、小学館漫画賞を受賞した『深夜食堂』の作者・安倍夜郎さんと一緒に、テレビドラマ『深夜食堂』の主題歌と挿入歌を歌っていた鈴木常吉さんのライブに出かけてきました。　漫画賞受賞式の後、安倍さん主催の感謝パーティーにお招きいただき、初対面の挨拶をしたのですが、その２日後、わずかな時間差で同じ店（飲み屋）に出かけるという偶然（本当に偶然）もあったりで、あらためてライブの後、ゆっくりお酒を飲むことに。　１軒目の店は、３日前に、偶然、入れちがいになった店。実は、この店、安倍夜郎さんのデビュー作『山本耳かき店』にショックを受けて、この作品が掲載された「ビッグコミック・オリジナル」を、ほかのお客に配った店でもありました。あれはもう６年も前のことだったのか……。　２軒目は、カウンターに『深夜食堂』を全巻並べ、しかもメニューに「タコウィンナー」を用意してある店にご案内（夏には「冷や汁」も出る）。もちろん、ツマミにはタコウィンナーを注文。ちょっと凝ったカニウィンナーもありました。　紳士な安倍さんは、サービス精神も旺盛で、店の本にサインしたうえに、ウワサを聞いて『深夜食堂』全巻を持って駆けつけてきた女性の本にもサイン。さらには、その界隈で『深夜食堂』を流行らせたとのだと自負する近所の飲み屋のマスターも現われて、店内は、なんだかすっかり『深夜食堂』みたいな空間に。　はい、もちろんぼくも、どさくさにまぎれてサインを頂いてしまいました。　41歳という遅いデビューだった安倍さんは、長年、広告業界で働いてきたのだそうで、いわゆる「マンガ家らしさ」がどこにもない大人の紳士。ちょうど確定申告を終わらせたばかりだったので、「変動所得の平均課税」のことなどを、少しばかり先輩面して教えさせていただきました。　ちなみに安倍さんは、早稲田大学の漫研出身で、マンガの業界ではぼくが先輩になりますが、早稲田大学では安倍さんが先輩になります。『山本耳かき店』のコミックスも、まもなく出るのだそうで、これも楽しみ。■『深夜食堂』のコミックス（うちにも全巻あります）『深夜食堂 1 (ビッグコミックススペシャル)』『深夜食堂 2 (ビッグコミックススペシャル)』『深夜食堂 3 (ビッグコミックススペシャル)』『深夜食堂 4 (ビッグコミックススペシャル)』『深夜食堂 5 (ビッグコミックススペシャル)』</description>
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<category>マンガ／アニメ</category>
<pubDate>Wed, 10 Mar 2010 02:03:58 +0900</pubDate>

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<title>パーティーの夜は更けて</title>
<description>　昨日（３月５日）は、午後、市ヶ谷の音楽関連企業で打ち合わせをした後、都心で開催された徳間三賞（大藪春彦賞、日本ＳＦ大賞、ＳＦ新人賞）の贈賞式へ。大藪春彦賞は『約束の地』（樋口明雄）と『龍神の雨』（道尾秀介）の２作が、日本ＳＦ大賞は『ハーモニー』（伊藤計劃）、特別賞として『グイン・サーガ』（栗本薫）が受賞となった。ＳＦ大賞の伊藤氏と栗本氏が、ともに故人というのが少し感慨深く、代理で賞を受けてご家族のスピーチにも耳を傾ける。ただ、パーティー会場で贈賞式もおこなうため、場内の会話がうるさく、選考の言葉なども含めたスピーチが聞こえない。このあたり、もう少し何とかしてほしいものだ。　パーティーでは、たくさんの編集者、小説家、マンガ家、評論家の皆さんと会話。パーティーのお開きの後は、石津嵐さんと高円寺に移動し、円盤という店で開かれていた長谷邦夫先生のトークショーに乱入。トキワ荘時代やフジオプロ時代、パロディマンガを描かれた経緯などの面白い話題がいっぱいで、途中からの参加ではあったが、充分に楽しめた。　その後、石津さんと馴染みの店に行き、とある謀議。その後、帰宅途中に１人で別の店に寄ると、どうやら２日前に初めて会った某マンガ家さんが、少し前までいたらしい。そのあと、昨日、イベントの仕事でお電話をいただきながら、先約が入っていたために断ってしまった方が経営しているお店に、お詫びによってから帰宅。高円寺の夜は長かったのであった。　これで業界パーティー週刊は終了。本日からは大学院生モードにもどり、研究に専念の予定。さて、実験の準備だ。</description>
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<category>その他</category>
<pubDate>Sat, 06 Mar 2010 16:03:37 +0900</pubDate>

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<title>読書：『人を惹きつける技術』（小池一夫）</title>
<description>『人を惹きつける技術 -カリスマ劇画原作者が指南する売れる「キャラ」の創り方- (講談社＋α新書)』（小池一夫／講談社／2010年１月刊／880円）「キャラを起（た）てろ！」　マンガ業界に身を置いている人なら、耳が痛くなるほど編集者から聞かされた言葉だろう。もちろん、この場合のキャラは、伊藤剛さんの唱える「キャラ」ではなく、まさにマンガ・劇画に登場する「キャラクター」の意味。表象だけの「キャラ」とは違い、当然、性格があり人格を持つ。　2005年、早稲田大学人間科学部ｅスクールに入学した直後、早稲田大学系列のエクステンションセンターの日曜講座で夏目房之介さんプロデュースのマンガに関する講座が開かれたとき、課外授業のつもりで通ったことがある。このとき伊藤剛さんの講義もあって、まだ発売前だった『テズカ・イズ・デッド』で展開される「キャラ論」のさわりを聴講させていただいた。　このとき反射的に脳裡に浮かんだのは、「キャラクターには必要な履歴書が、キャラには不要」ということだった。もちろん「キャラクターには履歴書が必要」は、「キャラ（クター）を起てろ」という小池理論を踏襲したものだ。　ぼくのマンガ家としてのスタートは、石森プロ時代の『仮面ライダー』や『人造人間キカイダー』『がんばれ!! ロボコン』といった「テレビもの」「キャラクターもの」だった。今風にいえば「コミカライズ」というヤツである。　すでにあるキャラクターを借りた作品ばかりだったので、キャラクターを創る苦労は未体験だったし、キャラクターづくりもさほど重視していなかった。　いまでこそ「コミカライズ作品」の作者も、ノスタルジックな感傷も込めて、取材を受けたりトークイベントに引っ張り出されたりするが、当時は、このような仕事をするのは「オリジナルが描けない二線級のマンガ家」の仕事とされていて、ぼくも、一刻も早く自分のオリジナル作品を発表したいと考えていた。　で、その頃のぼくは、「オリジナル作品」といえば「オリジナルのストーリーを持った作品」であると考えていた。おかげで、オリジナル作品のためのプロットやストーリー、あるいは、その核となるアイデアやトリックを作ることばかりに血道をあげ、キャラクターのことなど、まるで考えていなかった。　オリジナル作品を発表できるようになったものの、その発表の舞台は学習雑誌や児童雑誌が中心で、強烈な個性を持つキャラクターは必要とされなかった。『マシン刑事９９９』や『ラジコン探偵団』が少しヒットするが、これらは「情報」が主役であり、情報を引き立てるための「アイデア」が作品のキモだった。「コロコロコミック」あたりにオリジナルのＳＦマンガを描いたときも、石ノ森章太郎先生の亜流のような作品で、主人公はアイデアやプロットを展開するための狂言まわしにすぎないものが多かった。　そんな作品ばかり描いていたとき、突然、『ゲームセンターあらし』が来たのだが、これが実に急な依頼で、すでに表紙の入稿期限が翌日に迫っていた。「とにかく表紙用に、主人公の顔だけ作ってほしい」と頼まれ、数点のキャラクターを描いて渡すと、ぼくがプッシュしたのとは異なるキャラクターの絵が採用されることになった。それも事後承諾でだ。　そのあたりの詳細は、以下を参照してほしい。■あらしの初期キャラクター　というわけで『ゲームセンターあらし』は、主人公の「絵」だけが先に決まり、あとから生い立ちや性格といった「履歴書」を考えることになった。ぼくにとって初めての「キャラクター優先マンガ」となったわけである。「ドジでマヌケで憎めないキャラクターに」というギャグマンガのような設定は、アンケートで得られていた「読者好みのキャラクターのイメージ」を踏襲したものだ。「プロット優先マンガ」の場合、キャラクターはプロットに沿った行動しかできず、弾けることもなければ、意外な行動に出ることもない。　マンガや小説を創作していると、ときどき「主人公が勝手に動き出す」ことがある。思ってもいなかった方向に物語が展開しはじめるのだが、このような事態が起きるのも、まさに「キャラクターが起った」からこそだろう。『ゲームセンターあらし』は、成立の過程で「キャラクター優先マンガ」にならざるを得ない状況になっていたのだが、これこそが「由緒正しいマンガの創り方」だと気づいたのは、ずっと後になってからのことだ。　ぼくは、物語を創ることに未練があり、とうとう娯楽小説作家に転進してしまったが、キャラクターが重要な点はマンガと変わらない。たまたま「設定」や「世界観」が優先される架空戦記小説の執筆が多いが、読者の反応が良かった作品（自動車レース小説がほとんど）は、いずれも主人公をじっくり書き込んだものばかりだった。『人を惹きつける技術』は、すでに有名になった小池一夫氏の「キャラクター理論」を語り下ろしでわかりやすく紹介したものだが、マンガや小説を書いてみたい人（すでに書いている人）のヒントになる言葉が、あちこち（とりわけ第二章『ヒットするキャラの「三角方程式」』、第三章『ヒットキャラが持つ「九ヵ条」』、第四章『キャラを魅力的にする「プロファイリング」』）に散りばめられている。　第二章に出てくる「ドラマよりもキャラ」は、ドラマにこだわっていたぼくには耳の痛い言葉だった。また、「キャラクターは一人では起たない」「主人公とライバルは引き立てあう」「主人公には『弱点』を、ライバルには『欠点』を」といった言葉は、体験的に考えても、まさにそのとおりだと思う。　第三章に出てくる「『謎』がキャラクターの魅力を引き立てる」という言葉にも激しく同意。「謎」はページをめくらせるための重要な要素だということは、これも体験的に知っている（マンガや物語における「謎」の動因については、今月末に神戸で開催される発達心理学会のシンポジウムでも触れる予定）。　ストーリーマンガや劇画（それも商品になるもの）を原作も含めて創ってみたい人には、必読の１冊といえる。※さらに詳しい内容を知りたけい人には、小池氏の先行著作をオススメする）。『大阪芸術大学 小池一夫のキャラクター造形学』（小池一夫／塚本学院大阪芸術大学／2006年12月刊／1,800円）『キャラクターはこう創る! (小池一夫の漫画学―スーパーキャラクターを創ろう)』小池一夫／小池書院／2000年３月刊）『キャラクターはこう動かす! (小池一夫の漫画学―スーパーキャラクターを創ろう)』（小池一夫／小池書院／2000年３月刊）『キャラクターはこう活かす!―スーパーキャラクターを創ろう (小池一夫のキャラクター原論)』（小池一夫／小池書院／2001年６月刊）　ただし、小池氏が唱えるキャラは、前述したとおりに性格・人格としてのキャラクター（履歴書）のことであって、伊藤剛氏の唱えるキャラではない。「マンガのキャラ＝見た目のキャラ＋性格・人格としてのキャラクター」と考えるのが妥当なはずだ。　この本には「カリスマ劇画原作者が指南する売れる『キャラ』の創り方」というサブタイトルがついているが、この「キャラ」は、あくまで物語に付随した登場人物の「キャラクター」であって、「見た目のキャラ」ではない。　近頃人気の「キャラクター・ビジネス」の中核になっているのは、『ポケモン』であったりライトノベルの表紙絵のような萌え系女子のキャラクターだったりと、どちらかといえば「見た目のキャラ」の要素が強いキャラクターである。　本書に「キャラクターが大事」と著者に語った３人のうちの１人として、石ノ森章太郎先生の名前が出てくるが、石ノ森先生がテレビ向けの作品を創るときの方法が、まさに「キャラ優先」だった。マネージャーやプロデューサーがいる前で、「こんな感じかな」とスケッチブックにキャラの絵を描いていく。大事なのはユニークなことで、周囲にいる人の意見も聞きながらスケッチブックに鉛筆を走らせ、キャラができあがると、その名前を考えた（名前が先の場合もある）。性格や履歴書としてのキャラクターも物語も後付けで、いつも先にキャラがあった。やはりマンガという視覚メディアでは、この順番こそが正しい創り方なのではなかろうか。　見た目のキャラと性格・人格としてのキャラクターがピッタリ合致すれば、あとはキャラが勝手に動いてくれる。ぼくの作品でいえば『ゲームセンターあらし』が、まさに、このスタイルだった。締切の都合で緊急避難的に「キャラ優先」になってしまったのだが、これこそがマンガ創りの王道なのだろう……と、いまごろ再認識している元マンガ家である。『人は見た目が９割』（竹内一郎）という本は、マンガをベースにしたキャラクター論を展開したもので、それを生身の人間に当てはめることについては疑問を感じたが、これが『（マンガの）キャラは見た目が９割』というタイトルだったら、きっと膝を打ったにちがいない。さらに表象としてのキャラならば、『キャラは見た目が10割』でもいいように思う。　ついでに書けば、この『人を惹きつける技術』という本、タイトルにもう少し工夫が欲しかった気がする。自己啓発本みたいにしたかったのかもしれないが、『キャラの起ち方、起たせ方』『キャラを起たせる３０の法則』なんて方がストレートでわかりやすそうだ。</description>
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<pubDate>Fri, 05 Mar 2010 14:12:15 +0900</pubDate>

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<title>小学館漫画賞贈賞式＆『深夜食堂』受賞を祝う会</title>
<description>　昨日（３月３日）は、５年ぶりに小学館漫画賞の贈呈式に出かけてきた。　５年前の第50回のときは、「歴代受賞者は必ず出席せよ」とのお達しがあり、また、『ゲームセンターふぶき』の吉崎観音さんが『ケロロ軍曹』で受賞したこともあって久しぶりに出かけたのだが、その後は、学生業が忙しかったり、他のイベントと重なったりで、つい足が遠のいていた。　今回、ひさしぶりに出かけたのは、あの『山本耳かき店』の作者・安倍夜郎さんが、テレビドラマにもなった『深夜食堂』で第55回小学館漫画賞（一般部門）を受賞したため。『山本耳かき店』を読んだときは、そのユニークさと面白さに本当にビックリして、掲載誌の「ビッグコミックオリジナル増刊号」を５冊も購入し、高円寺の飲み屋で配って歩いたものだった。そんなことをブログに書いたりしていたのだが、それを作者の安倍さんが読んでいたそうで、安倍さん主催の二次会にお誘いいただいたこともあり、それならば……と出かけたもの。　都心のホテルで開かれた漫画賞の贈賞式は、演出が凝っていて、しかも実に豪華。ぼくが受賞した27年前とは、えらい違いだなあ(笑)。　ここで安倍さんの顔を初めて見る。ただし、こちらが客席から一方的に見ているだけ。　贈賞式の後のパーティーで見かけたマンガ家の顔は、ベテランばかり。現役の若手マンガ家は、年末のパーティーに招かれているらしい。二次会の会場で出た『深夜食堂』でお馴染みの料理とお土産（クリックで拡大）。　ひさしぶりの編集者、懐かしい編集者も多く、食事もせずに話していたら、あっというまに午後８時。安倍さん主催の二次会は新宿のビュッフェ形式のレストラン。地下鉄で移動し会場に着くと、こちらは安倍さんが籍を置いていたＣＭ製作会社の方、ドラマ『深夜食堂』の関係者、安倍さんが出た早稲田大学漫画研究会の新旧会員などで、実ににぎやか。　業界関係者では、漫画賞の審査員でもあった『釣りバカ日誌』原作者・やまさき十三氏や『北斗の拳』の原作者・武論尊氏などが。やまさき氏とは一緒に漫画賞を受賞した仲でもあり、武論尊氏とは、昔、仕事場が近所で、ちかくのスナックで飲んだことが何度かあった。かわぐちかいじ氏にも、昔、何度か酒場で同席したことがあったのだが、憶えてはおられなかった。ぼくは、かわぐち氏の作品では『唐獅子警察』（原作・滝沢解）が一番好きで、いまも単行本を持っている。　少し遅れて到着した安倍さんと、初めてご挨拶。「どうして『山本耳かき店』に目をとめてくれたんですか？『ゲームセンターあらし』とは作風が違うのに」と安倍さんから訊ねられ、「ぼくにとってマンガは“仕事”だったので、意識して商業路線に乗るようなものばかり描いてきたんですが、でも読者としては、たとえば諸星大二郎さんなどが好きなんです」なんて内容のことを答えたら、納得していただけたようだった。　ちなみにぼくは、マンガ業界では安倍さんの先輩になるが、早稲田大学では後輩になる(笑)。その早稲田大学の漫画研究会ＯＢの堀井憲一郎氏（『落語の国からのぞいてみれば (講談社現代新書)』がよかった）、国友やすゆき氏にもご挨拶。早稲田大学人間科学部ｅスクールに入学したとき、漫研、ミス研、落研のいずれかに入ってみたいと思ったが、年齢を考えてやめておいた。でも、大先輩から現役生までが太い絆で結ばれている様子をみると、漫研に入っておけばよかったかなあ……なんてチラリと思ったり。　パーティーのおひらきの後は、『深夜食堂』の舞台でもあるゴールデン街に行き、終電車の乗り遅れたのを幸いに（？）朝まで徘徊。帰宅したときは、すっかり明るくなっていたのであった。</description>
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<category>マンガ／アニメ</category>
<pubDate>Thu, 04 Mar 2010 19:53:36 +0900</pubDate>

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<title>読書：『ゲゲゲの娘、レレレの娘、らららの娘』</title>
<description>『ゲゲゲの娘、レレレの娘、らららの娘』（水木悦子・手塚るみ子・赤塚りえ子／文藝春秋／2010年２月刊／1,500円）　この本を前にしての家族との会話。「何、この本？」「手塚治虫、水木しげる、赤塚不二夫先生の娘さんたちの座談会をまとめた本だよ」「ゲゲゲとレレレはわかるけれど、らららは？」「アトムの歌」「あ、なるほど」　家でこんな会話をかわしていたら、Amazonのレビューにも同じようなことが書いてありました。　それにしても「偉大なマンガ家である父を語る娘たち」の発言は、もうアケスケで面白い。「偉大なマンガ家を持つ息子たち」もたくさんいますが、息子たちが語っても、こんなに面白くはならないでしょうね。たぶん、「見る目」が違うんだと思います。　それにつけてもマンガ家の忙しさは、どこも同じだなあ。ぼくも『ゲームセンターあらし』を連載していた頃は、家に帰るのが１ヶ月に１日程度で、生まれたばかりだった長女は、「父ちゃん」という存在は、写真の中の人物だと思っておりました。　あの頃、風呂に入るのも１ヶ月に１回くらい……なんてことも……。　あ、でも、あの頃よりも、いまの方が忙しいかもしれない。小説、マンガ、学生の兼業状態で、学生業の忙しさがハンパじゃないんです。　小学館のパーティーに出かけたとき、赤塚不二夫先生とタクシーで同乗させていただいたことがあります。ちょうど『こんにちはマイコン』を描いた頃でしたが、その頃、赤塚先生も『ニャロメのおもしろコンピュータ探検』（パシフィカ／1982年12月刊）という本を出したばかりでした。　そのタクシーの車内では、こんな会話が。「先生もコンピュータのマンガを出されてましたね」「あ、そうなの？」　やはり赤塚先生は赤塚先生でした(笑)。　そういえば赤塚先生には、1970年に10円貸したまま、返していただいておりません(笑)。　あ、『ゲゲゲの娘、レレレの娘、らららの娘』の話でしたね。手塚、赤塚、水木ファンの方は、ぜひどうぞ。おもしろいですよ。　水木先生の奥様が書かれた『ゲゲゲの女房』は、今月末からＮＨＫテレビ小説で放映されます。こちらも面白い本でした。</description>
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<category>マンガ／アニメ</category>
<pubDate>Wed, 03 Mar 2010 02:54:33 +0900</pubDate>

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<title>読書：Ｆ１テクノロジーの最前線〈2010年版〉</title>
<description>『F1テクノロジーの最前線 モータースポーツの頂点を彩る最新技術の秘密 (サイエンス・アイ新書)』（檜垣和夫／ソフトバンククリエイティブ〈サイエンス・アイ新書〉／2010年２月刊／1,000円）　今年も、そろそろモータースポーツのシーズンが開幕する。　この数年、学業が忙しくて、レース観戦も毎年のルールの把握もおざなりになっていたところがあって、どこか浦島太郎みたいになっていたところも。おかげで、いまひとつ身を乗り出してレースを観ることができず、ちょっとつまらなくもなっていた。　でも、Ｆ１からホンダ、トヨタは撤退しても、日本人ドライバーは残るみたいだし、インディカーでは佐藤琢磨が走るし、今年は少し力を入れてレース観戦（テレビが中心だけど）をしようと決意。そこで買ったのが、この『Ｆ１テクノロジーの最前線〈2010年版〉』。　著者は、メカについてのわかりやすい解説と図解なら、この人！　の檜垣和夫さん。エンジンや車体の原理からパーツに至るまで、実にわかりやすく、しかも丁寧に説明されている。　檜垣さん、あいかわらず「いい仕事」してますね。　Ｆ１ファンのキミ！　キミがホンモノのＦ１ファンなら、いますぐ読むべし。</description>
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<category></category>
<pubDate>Tue, 02 Mar 2010 03:45:11 +0900</pubDate>

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<title>「科学と学習」とマンガジャパン新春の会と鳥取マンガサミット</title>
<description>　昨日（２月26日）は、マンガ家の団体マンガジャパンとデジタルマンガ協会が共催する毎年恒例の新春の会に出席するため、都心のホテルまで。　会がはじまる前に、近所の喫茶店で、マンガ家の桜多吾作さん、山田ゴロちゃんと３人で、学研の編集者から取材を受ける。これは３月で休刊になる学研の「学習と科学」の思い出をまとめた書籍（？）に掲載されるもので、ぼくたちが描いた石ノ森章太郎先生原作の『アスガード７』『ＳＰハーレー』『童夢くん』などのマンガと、石ノ森先生についての思い出を話す。　取材のあとは、先に会場入りする必要のある桜多さん、山田くんと別れ、書店で本を購入してからホテルの会場へ。まわりは大ベテランのマンガ家ばかりで、59歳のぼくなどはハナタレ小僧といった感じ。「恒例の新春の会」ならぬ「高齢の新春の会」といったオモムキも(笑)。　今年のお土産は、協賛の日本マクドナルド株式会社が提供してくれた特製マックカード。うーむ、これは使いづらいなあ。『友』と書かれた本は、日本・台湾・韓国のプロのマンガ家の作品を集めた「同人誌」。フルカラーの豪華版だが、先日、この本の編集を担当した木村直巳さんと購入を約束していたので、ここで買わせていただく（チャリティ価格で2,000円）。 　また、アジア・マンガ・サミットが2012年に、鳥取県で開催されるとの発表もあった。先日、早稲田大学人間科学部ｅスクールの後輩が、鳥取県境港市の「水木しげるロード」をフィールドワークした研究の成果を卒論として発表していたけれど、そんな研究が結びつくといいに……なんてことを考え、この一項を加えておきます。　二次会は近くの居酒屋で、マンガ家仲間とワイワイ。みなもと太郎さんもいらしたのに、席が離れていて話せず残念。　そして、同じ方向のマンガ家仲間４人（桜多吾作、細井ゆうじ、岩田和久、すがや）で、桜台駅ちかくの居酒屋に。もう閉店時間が過ぎていたのに、数十年来の常連の桜多さんのカオで、特別に閉店時間を延長してもらい、午前２時までワイワイガヤガヤ。結局、タクシーでの帰宅となったけれど、ま、たまには、こういうのもいいではないか。</description>
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<category>マンガ／アニメ</category>
<pubDate>Sat, 27 Feb 2010 12:31:26 +0900</pubDate>

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<title>冬季五輪：アイスホッケー「カナダ対ドイツ」</title>
<description>　書き下ろし架空戦記小説の原稿に追われていて、バンクーバー冬季五輪も、満足に見られない状況がつづいていました。でも、昨日、やっと原稿が上がり、昨日、少しホッとして、深夜にカナダ対ドイツのアイスホッケーを観戦。　アメリカ対カナダは見損ねたのですが、こちらも面白い。もうカナダはメチャクチャに強い。アイスホッケーは、たぶん国技みたいなものだし、ＮＨＬの選手だってたくさんいるし。　何よりも面白いのは、パスを送っても奪ってもゲームが途切れず、パックの奪い合いが長くつづくところ。この数年、早稲田大学の試合を中心に、関東大学選手権の試合ばかりを見てますが、オリンピックの選手と比較すると、もう大人と子どもという感じ。　これじゃ日本は、永遠にオリンピックあたりでは勝てそうにないけれど、身体は小さいけれどスピードや技がある、といった設定にすれば、マンガにはなるかもね。　そんなマンガが実現するなら、「もし大学アイスホッケーの女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」なんてタイトルでは、いかがでしょう(笑)。　ちょっとマイナーすぎるかな？　肝心の試合は８対２でカナダの圧勝でした。21日のカナダ対アメリカの試合は、カナダの全人口の１／３にあたる1,060万人がテレビで観戦したそうです（ソース：日刊スポーツ）。さすがカナダ！　と感心したのですが、カナダの人口が、あの広い国土で3,000万人強（33,573,000人）というのも驚きでした。（写真はイメージ〈2009年関東大学選手権秋季リーグの１コマ〉です）</description>
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<category>スポーツ</category>
<pubDate>Thu, 25 Feb 2010 12:33:03 +0900</pubDate>

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<title>マンガ家・木村直巳さん宅を訪問＆都電・荒川線の旅</title>
<description>小説を書いてみたいけれど、書き方がわからないあなたに。『マンガでわかる小説入門』　今日は、朝から東京の下町方面、荒川区まで出かけ、マンガ家・木村直巳さんの仕事場を訪ねてきました。目的は、eBookJapanの有料ウェブマガジン「KATANA」連載のインタビュー企画「漫画家・夢の工房」の取材のため。　この取材に備えて木村さんの作品をまとめて読みましたが、鍼灸師を主人公にした『てんじんさん』や幕末に幕府に仕えた小栗上野介を主人公にした『天涯の武士』、女性監察医を主人公にした『監察医朝顔』など、どれも実に面白く、夢中になって読んでしまいました（そのおかげで自分の原稿が……（汗））。（画像(C)N.Kimura, M.Kagawa）　とりわけ『監察医朝顔』は、すぐにでもテレビドラマになりそうな内容ですが、これがコミックにはなっておらず、eBookJapanの電子書籍版でしかまとめて読めないというのが驚き。皆さん、よければ、ぜひ、読んでみてください。・eBookJapan木村直巳作品一覧　15歳でデビューし、以来、漫画家一筋で生きてきた木村さんのインタビューは「KATANA」で読んでいただくとして（しばらくすると無料の「漫画大目録」でも読めるようになります）、５人のアシスタントが働く凜とした雰囲気ただよう仕事場と、丁寧な線が引かれた原稿を見て、ちょっと刺激を受けたりもしたのでありました。　木村さんの仕事場を辞した後は、担当編集者と一緒に食事でもしようとお店を探していたら、いつのまにか都電荒川線の終点になる（始点？）三ノ輪橋駅前商店街に行き着いてしまいました。裏通りにある韓国家庭料理の店でランチを食べた後、ついでのことなので、都電荒川線に乗って帰ってきたのでありました。　駅にはレトロ感あふれるホーローの看板もあって、なんだか昭和にタイムスリップした気分。ついでなのでデジカメで動画も撮影してきました。荒い編集ですが、よかったらご覧ください。</description>
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<category>マンガ／アニメ</category>
<pubDate>Mon, 22 Feb 2010 19:02:28 +0900</pubDate>

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<title>『わが魂の清ければ』（西谷祥子、1971）の背景</title>
<description>　1971年の夏、地下鉄東高円寺駅ちかくのアパートに引っ越したばかりのぼくのところに、マンガ仲間の細井雄二から電話がかかってきた。といっても、まだ電話なんてものは持っておらず、アパートの階下にある大家さん（仕出し弁当の会社だった）を通じての連絡だったはずだ。　なんでも石森章太郎ファンクラブの会長をしていたＡから、少女マンガ家の西谷祥子さんの手伝いをしてほしいという依頼があったというのだ。それも100ページという大長編の読み切りで、しかも戦記マンガだという。その戦記マンガに出てくるメカを描けるアシスタントを探しているとのことだった。　ぼくは、もともと戦記マンガを描きたくてマンガを描きはじめたこともあり、零戦やグラマンＦ６Ｆ「ヘルキャット」あたりだったら、資料なしでもそこそこ描くことができた。しかも西谷さんは高円寺在住で、ぼくのアパートから歩いていけるところに仕事場があるらしい。しかも、ぼくは失業中で、パチンコで食いつないでいる頃だった。　前年の夏に編集プロを辞め、そのあとは、ジョージ秋山、斎藤ゆずる、江波じょうじといった方々のアシスタントで生活費を稼いでいたが、この春にはアシスタント稼業からも足を洗っていた。　大手芸能プロに勤めていたイトコが独立して事務所を構え、自分でスカウトした小林麻美や、後にキレンジャーになる畠山麦さんたちを所属タレントして活動することになり、その手伝いを頼まれたのが、アシスタントを辞めた理由だった。イトコの芸能プロでは、電話番をしながらマンガを描いていいという条件で、そろそろマンガ家としてデビューしたいと考えていたぼくは、渡りに船と、この話に飛びついたのだった。　テレビ局に台本を取りにいったり、テッパリ（同時に２つの仕事が重なることを指す業界用語）になってしまった畠山麦さんのかわりに、テレビドラマのリハーサルでレストランのボーイの役を演じたり。そんな助走期間のあと、本格的にスタートするはずだった事務所は、目玉の小林麻美がスキーの事故で入院してしまったため、突然、畳まれることになった。　当然、ぼくも無職になり、とりあえずアシスタント時代に稼いで貯めてあった貯金を取り崩しながら、自分のマンガは描かずに、本を読んだり映画を見たりパチンコをしたりと、ボンヤリした時間を過ごしていたときだった。　西谷さんの手伝いは、久しぶりのアシスタントの仕事ということもあって、すぐに了承し、Ａに連れられて西谷さんの仕事場に行った。ぼくのアパートから徒歩で10分もかからない場所だった。三鷹に家のある細井も、通うのが大変なので、西谷さんの仕事が終わるまでの間は、ぼくの部屋に泊まることになった。ちなみに西谷さんは、石ノ森章太郎先生が主宰していた東日本漫画研究会の流れを汲む同会女子部の会員で、『墨汁二滴』という肉筆回覧誌の執筆メンバーでもあった（他に志賀公江、神奈幸子さんなどが会員）。ぼくたちも、同じ流れを汲む『墨汁三滴』という同人誌のメンバーで、ぼくたちは「弟分」ということになっていた。　最初に仕事場に伺ったとき、西谷さんは『別冊セブンティーン』の表紙絵を描いていた。それが右の絵だ（クリックで拡大）。印刷された絵は、かなり色がくっきりとしていたが、実際の原稿は、もっと淡く精細な色で塗られていた。　まもなく、この絵が表紙になった『別冊セブンティーン』の1971年９月号に掲載される『わが魂の清ければ』の執筆が開始された。ほかに女性アシスタントが数人いる仕事部屋で、男は、ぼくと細井のふたりだけ。最初は緊張しながら仕事していたが、途中からは、かなり図々しくなったような記憶がある。　下の絵は、この『わが魂の清ければ』で、ぼくが手伝った背景の一部。先日、明治大学米澤嘉博記念図書館に行ったとき、このマンガが掲載された『別冊セブンティーン』が所蔵されていることを知ったのだが、図書館の展示用に色紙を描いたところ、お返しにとコピーを取って送ってくださったもの（背景描写の歴史を調べたいという学術研究のためでもあるのだ）。　この作品、単行本に未収録で、長年、目にすることができなくて、西谷さんご本人に訊ねたら、「原稿を見せてあげましょうか」と言ってもらったりもしていたのだが、ちょっと恐れ多くて、そのままになっていた。ちなみに西谷さんとは、いまも親交があり、西谷さんが日本画の展覧会を開くときは、夫婦で展示の手伝いにいくのが恒例で、カミサンは、期間中、受付のアルバイトまで頼まれたりもしている。　西谷さんのマンガは、厚くて硬いケント紙（上質紙？）に描かれていて、細い線の掛け合わせをしていると、すぐにペン先が磨り減り、ツルツルになった。おかげで細い線を引くのが大変で、アルミのかぶらペンをひっくり返して使ったりと、苦労したのを憶えている（劇画のような鋭く抜ける線を引くには、もう少しひっかかりのある画用紙のような紙の方が使いやすい。そのため劇画家の多くが、画用紙を原稿用紙に使っていた）。　しかし、それにしても、少女マンガとは思えない背景だなあ。「リアルに」と頼まれたのをいいことに、なんだか好き勝手に描いていたような感じがする。　描いたのは1971年の夏（７月頃？）。ぼくも細井も、まもなく21歳になる頃で、この仕事が終わった直後、こんどは、ふたりで石森プロに呼ばれ、『仮面ライダー』や『さるとびエッちゃん』『原始少年リュウ』『好き好き魔女先生』などのキャラクター・マーチャンダイズ商品の絵を描くことになる。ぼくの担当はギャグマンガの『さるとびエッちゃん』で、西谷さんのところで描いた絵とは、天と地ほども違っていた。（画像は、いずれもクリックで拡大）九六式艦戦。零戦11型とＩ‐16。背後にいる複葉機はＩ‐15。空母から発艦する零戦21型。真珠湾を攻撃する九九式艦爆。背後は戦艦「アリゾナ」。「紫電」。この絵は、ほとんど下書きなしで描いたはず。ボーイングＢ‐17「フライングフォートレス」爆撃機。ロッキードＰ‐38「ライトニング」と山本五十六大将搭乗の一式陸攻。　しかし、このマンガ、いま読み返しても少女マンガとは思えないほどの重厚な作品で、西谷さんによれば、「父は、このマンガを読んで、わたしをマンガ家と認めてくれた」とのこと。少女マンガに慣れていないお父さまが読んでも感じるものがあるほどの「戦史マンガ」でもある。</description>
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<category>マンガ／アニメ</category>
<pubDate>Thu, 18 Feb 2010 02:43:02 +0900</pubDate>

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<title>読書：『日本辺境論』（内田樹）</title>
<description>『日本辺境論 (新潮新書)』（内田樹／新潮社・新潮新書／2009年11月刊／714円）　ただいまベストセラー街道驀進中の本。戦記小説など書いていると、どうしても太平洋戦争が開始された原因や理由などを知りたくなるのが人情ってものだが、でも、日中戦争のあたりも含めて、なんだかずるするとなし崩しに戦争になってしまった感じで、始まったら始まったで、どうやって決着をつけるのかといったグランドデザインなんてものもない。こんなところが日本に住んでいる日本人でさえわからないのだから、海外の人たちには、もっとわからないのかもしれない。　それでも日本人は、懲りずに『菊と刀』や『菊とバット』（ン？）、『素晴らしい日本野球』（ン？）なんて日本人論を読み継いで、日本人について理解しようとつとめてきた。『日本辺境論』も、そんな日本論・日本人論の１冊だが、この本で最も共感したのは、次の文章。「学ぶ力」とは「先駆的に知る力」のことです。自分にとってそれが死活的に重要であることをいかなる論拠によっても証明できないにもかかわらず確信できる力のことです。「いいこと」の一覧表を示されなければ学ぶ気が起こらない、報酬の確証が与えられなければ学ぶ気が起こらないという子どもがいたら、その子どもにおいてはこの「先駆的に知る力」は衰微しているということになります。　いま大学院で教育工学という分野を専攻していることもあり、「学ぶ力」については絶えず考えているが、まさしく、このとおりだと思う。言葉を変えれば、人間にとって「学ぶ力」は、環境の中で生き抜き、進化するための動因であり、アフォーダンスを感知する本能でもあるのではなかろうか。　なぜ日本人がマンガをスンナリと理解できるのかも説明されていて、なるほどな……とは思いつつも、でも、このあたりは、やっぱり実験で確認したいよな……と思うのが、教育工学や認知心理学をかじっているマンガ家大学院生のホンネかな。■参考文献（本気で参考にしないこと） 『素晴らしい日本野球 (新潮文庫)』（W.C.フラナガン・著／小林信彦・訳／新潮文庫／1987年７月刊）</description>
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<category>本／雑誌</category>
<pubDate>Wed, 17 Feb 2010 15:41:04 +0900</pubDate>

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<title>ＳＦ作家の誕生パーティーと『アスガード７』</title>
<description>　昨日、お茶の水の明治大学・米澤記念漫画図書館に出かけたばかりなのに、本日も夕方からお茶の水のホテルへ。 　ここの中華レストランで開催されたＳＦ作家の田中光二さんの誕生パーティーで、モノカキ仲間の豊田有恒、高齋正、石津嵐、宮本昌孝、すがやみつるの各夫妻のほか、田中さんとぼくの共通の担当編集者などが出席。　先月、新年会をやったばかりの気心が知れたメンバーで、ワイワイガヤガヤと美味しい中華料理をいただき、終了後は別館のロビーでお茶を飲みながら、またもやワイワイガヤガヤ。 　そういえば、３月で学研の「科学と学習」が休刊になるそうだが、いまから35年前の1975年から76年にかけて、学研の「６年の科学」で、石ノ森章太郎先生原作の『未来救助隊アスガード７』というマンガを連載したことがある。『アスガード７』は、前年から「１～６年の科学」で連載されていたが、ぼくは同じ頃、学研でＮＨＫのテレビ人形劇を原作にした『真田十勇士』（原作・柴田錬三郎、キャラクターデザイン・石ノ森章太郎、全８巻）の描き下ろしがあったり、『仮面ライダー・アマゾン』や『仮面ライダー・ストロンガー』の連載もあったりで、抱えている原稿の枚数が多く、それが『アスガード７』に参加するのが遅れた理由だったような記憶もある。　ぼくが連載した「６年の科学」では、編集部の方針で、科学知識を伴ったＳＦ作品にすることになり、原案協力をＳＦ作家の豊田有恒さんにお願いすることになった。　毎月１回、豊田さんのお宅に通っては、豊田さんが機関銃のように繰り出すアイデアをメモに取り、このアイデアを元にネームをつくっていたのだが、びっくりしたのは、豊田さんの知識の豊富なこと。アイデアは、まさに湯水のように湧き出てきて、驚いたのなんの。もともと本を読むのは好きだったが、豊田さんに影響されて、さらに本を読むようになった。　豊田さんがＳＦ雑誌「奇想天外」に連載していた『あなたもＳＦ作家になれる（わけではない）』というエッセイに、「マンガ家のすがやみつるさんが、可愛い奥さんをもらった」なんてことを書かれたのも、この頃のことだ。その頃、可愛かったはずの奥さんも、いまや見る影も……（以下自粛）。豊田さんとは、それ以来、35年ものおつきあい。なんだか凄いなあ……と、ちょっとしみじみした夜だった。※『アスガード７』は、掲載誌も原稿も、いっさい手元にないので、当時、描いていた『真田十勇士』第１巻の表紙を貼り付けておきました。</description>
<link>http://sugaya.otaden.jp/e86766.html</link>
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<category>マンガ／アニメ</category>
<pubDate>Mon, 15 Feb 2010 12:29:04 +0900</pubDate>

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<title>米澤嘉博記念図書館を見学</title>
<description>　本日（２月13日）は、早起きして御茶ノ水まで。昨年、開館した明治大学の米澤嘉博記念図書館を見学するためだ。　昨年、大学院に進学したのを機に日本マンガ学会に入会したところ、同学会の若手研究者ネットワーク部会（！）に誘われ、メンバーに加えていただいたのだが、今回、この部会のメンバーに見学のお誘いがあり、雪がぱらつく天候だったが喜んで出かけたもの。　コミケの主催者でもあった故・米沢氏の蔵書を中心に、マンガ、サブカル系、同人誌などの書籍や雑誌を集めた図書館で、大半の図書は閉架式の書架に収蔵されているが、定められた手続きを踏めば閲覧やコピーができるとのこと（詳細は図書館のWebサイトを参照）。試しに、ぼくが1971年に臨時アシスタントとして背景を手伝った西谷祥子先生の作品（『わが魂の清ければ』という長篇戦記マンガ）が掲載された「別冊セブンティーン」を探してもらったら、これがみごとにヒット。39年前に描いた零戦の空中戦や真珠湾攻撃のシーンを見ることができて、ちょっとジワ～ッとなったのでありました。　一緒に江波じょうじ先生のところでアシスタントをしたことがある故・広井てつおさんが、ご自身のWebサイトで、「ところで、先輩アシスタントですれ違いに辞めていった菅谷くんは、実は すがやみつる氏だったと…後になって知った。宮谷一彦風の細かいタッチで描かれた絵は、その後の彼の絵とはまるで筆致が違っていて、10年後に、ある漫画家のところで出会うまで同じ人物とは思わなかったのだ。（失礼！）」　なんてことを書いていたが、西谷先生の作品の背景を見ると、斜線とトーンで描いた背景には、宮谷タッチで、まさに写真みたいなものもあり、われながらビックリ。アシスタントの頃は、実に緻密な絵を描いていたんだなあ……と、ちょっと、しみじみ気分にもなった。　今日は時間がなかったので、ちらりと見ただけだったが、こんど、ゆっくりと出かけてコピーを取らせてもらうことにしよう。　図書館見学のあとは近所の中華レストランで若手研究者のメンバーとランチ。さらに三省堂２Fのカフェで、今後の予定などについて話し合う。　会合が終わり、メンバーと別れた後は、ひとりで書店めぐりをし、喫茶店で原稿を書き、電車の中で爆睡しながら帰宅。眠かったが充実した一日であった。　下の写真は、松江在住の若手研究者メンバーがお土産に持ってきてくれたクッキー。食べるのがもったいないので、まだ飾ってあります(笑)。（写真はクリックで拡大）　あ、若手研究者ネットワーク部会に、アラカン世代の私が誘われた件ですが、「研究者としてのキャリアが短い（若い）」ので、問題ないのだそうです。★こちらの写真は、米澤記念図書館の方から頼まれて描いた色紙です。館内に展示されるそうです。お恥ずかしい(笑)。</description>
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<category>マンガ／アニメ</category>
<pubDate>Sun, 14 Feb 2010 02:07:32 +0900</pubDate>

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<title>マンガ家まんが：『遺跡の人』（わたべ淳）</title>
<description>　数日前、eBookJapanから届くメルマガを開いたら、中野晴行さんが“今週の「これを読め」”というコラムで、『遺跡の人』という作品を紹介しているのが気になった。このコラムでは、これまでも多数のマンガが紹介されていたのだが、「へえ……」と思うだけで、読むまでには至っていなかった。　ところが『遺跡の人』は、どうにもこうにも気になって、えいやっとeBookJapanの電子書籍版を購入することにした。こんなとき電子書籍は便利。パソコンの画面も大きくなり、解像度も上がった関係で、画面でマンガを読むことにも抵抗がなくなってきたのと、何よりもマンガを購入しても「場所を取らない」のが嬉しい。　というわけで、さっと買って、つい読んでしまったのだが、これがマンガ家の同業者としては、読んでいてちょっとツライ内容。仕事がなくなってしまった作者自身が、遺跡発掘現場で作業員のアルバイトをしたときの体験を描いているからだ。ぼくは高校生の頃、稼ぎがいいのを理由に、夏休みや冬休みになると、土木作業員や鳶職の手伝いをしては、卒業後の上京資金を蓄えていた。あの頃は、炎天下や寒風に吹かれての肉体労働も、さほど苦にはならなかったが、いま、モノカキとして仕事がなくなり、同じようなアルバイトに従事したら、半日と保たないのではなかろうか。このマンガを読んでいて、そんなことをしみじみと考えてしまった。　また、このマンガは、社会人学生としても気になるところがあった。大学と大学院で、立てつづけに考古学を受講したのだが、担当教員は近世考古学、つまり、江戸の考古学が専門で、『遺跡の人』にも出てくる江戸時代の大名屋敷跡の発掘などもおこなっている。　そんなことから半年前に書いた考古学特論という科目のレポートでは、江戸の武家屋敷にあった地下室（ちかむろ）などを題材に、江戸のリサイクル事情について書いたりもした。いまのエコブームに乗って、江戸の人々が極めてエコな生活を送っていたということが流布されているが、でも、それは文献をベースにした研究の結果であって、この20年ほどの間に、江戸時代の大名屋敷から市民の住居跡までの発掘が進んでくると、ゴミの不法投棄もあったりで、現代の暮らしぶりとさほど変わらない生活の実態が浮かんできている。　そんな例のひとつが『遺跡の人』にも出てきた地下室（または単に「室〈むろ〉」）のの存在だ。これは、蔵を持てない少禄の旗本が、たぶん大事なものや味噌・醤油のようなものを保存するために屋敷の地下に掘った穴で、深さは３～５メートルにもなり、しかも地下では蟻の巣のように、四方八方に穴が伸びていたりもする。　地下室に関する論文を読んだり、参考書籍を購入したりしたが、資料と模型（新宿区歴史博物館に断面模型がある）を参考にして、そんな江戸時代のゴミ問題についてのレポートを書いたのだが、発掘現場は写真と図面だけでしかわからず、いまひとつイメージを掴みかねていた。　ところが『遺跡の人』には、そんな発掘現場の様子も、実にリアルに描かれているのだ。もう少し早く読んでいたら、考古学特論のレポートを書くときにも、イマジネーションをかき立てる材料のひとつになってくれたのになあ……と、そこがちょっと残念ではあった。　このマンガの本質は、失業状態にあるマンガ家の「私マンガ」であるのだが、飄々としていて、あまり暗さは感じられない。そこが救いになってもいるのだが、でも、どこかで似たようなマンガを読んだことがあったよな……と、ふと思い出したのが、吾妻ひでおさんの『失踪日記』。そう、あの吾妻さんがガス工事の会社で働いていたときのことを描いたところと、なんだか妙にシンクロするように思われた。　淡々としすぎている印象もあるが、でも、それは作者の誠実さから来るもので、「『まんが家まんがには駄作がなし』というのはその通りだと思った」という中野晴行さんの言葉も、まさにその通りだと思った。　オリジナルは双葉社から2008年に刊行されているが、発行人の名前を見てびっくり。30年ほど昔、「少年アクション」というマンガ雑誌で、担当編集者としてお世話になった方だった。「構想１年」という触れ込みで、表紙にもなり、巻頭カラーで堂々と連載が開始されたと思ったら、次号で雑誌が休刊……で、アシスタントも抱えていたぼくは、ちょっとあわてたが、でもすぐに別の出版社に営業をかけ、仕事をつなぐことができた。そもそも、「連載が終わりそう」「出版社が危なそう」といった「危険の予兆」は何となくあるもので、実際、そんな危機にも何度も遭遇してきたが、なんとか、この業界で生き延びているのは、危険の香りを嗅ぎ分ける能力が高かったせいかもしれない……なんて考えることもある。■電子書籍版『遺跡の人』（わたべ淳／eBookJapan／550円）■参考文献『江戸の穴』（古泉弘／柏書房／1990年11月刊／1,680円）『失踪日記』（吾妻ひでお／イースト・プレス／2005年３月刊／1,197円）</description>
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<category>マンガ／アニメ</category>
<pubDate>Fri, 12 Feb 2010 18:21:08 +0900</pubDate>

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<title>読書：『サはサイエンスのサ』（鹿野司）</title>
<description>『サはサイエンスのサ』（鹿野司／とり・みき〈イラスト〉／早川書房／2010年１月刊／1,575円）　まずは、この本の「あとがき」から。『オレは子どもの頃から理科が好きだったんだけど、東京に出てきてから、理系は好きっぽいんだけど、どうも話しづらい人がいるって事に気がついた。なんかどっちが詳しいかを競い合いみたいになっちゃって、ぜんぜん楽しくないのね。それはやっぱり、科学＝権威だと思っている人が多いから。ハッ、それは科学的でないねとか人をバカにするために科学っぽさを使う人たちがいるのね。それがホントいやだった。』　ＳＦ系オタクの人たちの中には、この「あとがき」に書かれているとおり、科学知識の競い合いをするような人が多く、せっかくＳＦに興味を持ちながら、いま一歩踏み込めなかったのは、やはり、自分の知識のなさを笑われるのではないか、という恐怖を抱いていたからだ。　鹿野さんには、ＳＦ作家の豊田有恒さんちのキムチパーティーや、ＳＦ作家のパーティーで会っていたけれど、その肩書きが科学ライターだったこともあって、「ヘタなことを言うと、科学的でないね」なんて言われるんじゃないかと、ちょっぴり警戒していたことがある。でも、このあとがきでもわかるとおり、それは大きな誤解だった。　ぼくが「科学に強い人」に警戒心を抱くようになった最大の理由は、学歴コンプレックスだった。　子どもの頃から科学が好きで、その興味がとりわけエレクトロニクスに向き、それがアマチュア無線からマイコン、パソコンにもつながった。けれども理系の大学に行ったわけでもなく、無手勝流の独学ですませてきたから、たとえばコンピューターの原理みたいなことになると、基本の基本が理解できていないために、どうしても自信が持てず、辻褄を合わせたり、お茶を濁す状態で過ごしてきた。　そんなこともあって、たとえばパソコンのトラブルがあってメーカーのサポートに電話したとき、「それは、こちらのせいじゃない。お前が悪いのだ」ということを暗に伝えるときの「再現不能」という常套句を発せられたりすると、すぐにカチンと来た。そして、「お前の会社のパソコンは、二度と買ってやらないぞ」とココロに期すわけである（気が弱いので口に出しては言えない(;_;)）。　そんな「理系の人々」に抵抗感を覚えつつも、でも実は、もっと科学について知りたい、科学的でありたいという欲求は強く、そのグズグズしたアンビバレンツな感情が、ドカンと一気に爆発したのが５年前の54歳のときのこと。早稲田大学人間科学部ｅスクールというインターネットで学べる通信制大学の存在を知って、「いま、ここまで抱いてきたモヤモヤをここで吹き飛ばしておかないと、死んでも後悔することになる」と思い込み、ついに入学を決めたのだが、学部名に「科学」がついていたことも、ｅスクールを選ぶきっかけのひとつだった。「コンピューターも基礎から学び直すぞ～」と思って、そちら関係の科目を受講したら、どちらかというと情報処理資格試験対策みたいなのとか、Webデザインの基礎の基礎みたいなのばかりで、エレクトロニクスとしてのコンピューターについては、理工系で学ぶものだと気づいたときは、あとの祭り。　ただし、心理学を学ぶために必要な統計学が必修科目で、入学前には「Σ」の意味も忘れている状態だったのに、いつのまにか分散や標準偏差も身近な存在になり、確立の考えも身についてきて、「再現不能」の意味も理解できるようになった。何よりも心理学の知見をベースにした論文を書くにあたっては、実験が不可欠で、当然、その実験は「追試可能」でなければならず、「科学的」の意味も、身をもってわかってきた。結局、ぼくに足りなかったのは、こんな科学の基本中の基本だったのだ。　ｅスクールでは、せっかく高い授業料を払うのだからと、高校生の頃には苦手だった生物系の科目にもチャレンジした。バイオテクノロジーにも大きな関連があり、長年、温めているＳＦ小説のネタになればという下心もあって、「発達生物学」や「細胞組織学」「生理学」といった科目まで受講したが、このうち、最初に受講した「発達生物学」で、「発生工学の基礎技術とそれらの応用について記せ」という課題が出たことがある。6,000字前後のレポートだが、このとき書いたのは『バイオ・フィクションに見る生命倫理』というもので、最初に採りあげたのが『ブラジルから来た少年』（アイラ・レヴィン）だった。『ブラジルから来た少年』はダスティン・ホフマン主演の（ダスティン・ホフマン主演の映画は『マラソンマン』でした。どちらもナチの残党を追う物語で、同時期に公開され、しかもローレンス・オリヴィエがどちらにも出ていたため、混乱しました）映画にもなっていて、原作を読んだ後に映画館で見たことがある。　はあ……ここまでが長かったのが、『サはサイエンスのサ』の「第１章　カラダを変えるサイエンス」の冒頭に書かれているのも、「ブラジルから来た少年はクローン羊ドリーの夢を見るか」という文章で、ここにはヒトの発達に影響する遺伝と環境について、実にわかりやすく説明されている。　ほかにもクローン人間や、いま話題のＩＰＳ細胞があり、２章以降では、「科学と宗教」や「宇宙と知性と生命」「省エネルギー」「新エネルギー」などの興味深いトピックが満載。エピソードがどれも面白かったので、電車とバスの移動中に一気読みしてしまったが、大学で学ぶ前に読んでおきたい１冊であった。　ちなみにいまは、学歴コンプレックスからも脱却できたのか、ティーチングアシスタントとしてレポートの採点をするときに、「このデータでは追試不能」なんて意味のコメントを書き添えている。でも、「上から目線」にはならないよう気を配っているつもりだ。鹿野さんが、くだけた文体を使っているのも、同じような理由によるものらしい。　次は、子どもが科学に興味を持つような本も書いてください、鹿野さん。</description>
<link>http://sugaya.otaden.jp/e86028.html</link>
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<category>本／雑誌</category>
<pubDate>Thu, 11 Feb 2010 18:35:00 +0900</pubDate>

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<title>読書：『ザ・前座修業―5人の落語家が語る』</title>
<description>『ザ・前座修業―5人の落語家が語る』（稲田和浩・守田梢路／ＮＨＫ出版・生活人新書／2010年１月刊／735円）　落語ファンなら、ぜひ買って読みたい１冊。柳家小三治、三遊亭円丈、林家正蔵、春風亭昇太、立川志らくの五人の真打が、それぞれの前座時代について語っている。面白かったのは円丈師匠のインタビュー。一般的な落語家の前座修業とは異なり、「（新作）作家の目」で前座修行をとらえ、実践してきたことを語っている。シニカルでクールで理論家で、こんなところが「円丈チルドレン」といわれる新作を得意とする若手や中堅の落語家を引きつけるのかもしれない。　そして、父・林家三平師匠に弟子入りした林家正蔵師匠の、とりわけ厳しい前座時代の話を読んで、唐突に思い出したのは、父・貴乃花のところに弟子入りした若貴兄弟のことだった。世襲という意味では、歌舞伎や能も厳しい修行をするんだろうけど、落語や相撲の世襲は、より厳しいような印象を受ける。　昇太師匠が弟子入りいたのは春風亭柳昇師匠。大好きな落語家だったが、あの、ほんわかした落語の人柄そのままの人だったことがわかって、なんだか嬉しかった。　落語が好きだから買う気になったのだけど、実は、もうひとつ、この本を読んでみたい理由があった。いま大学院で専攻している「インストラクショナルデザイン」という研究領域は、「教育工学」の一分野ではあるが、とりわけ「人に教えることを設計する学問」である。2005年に早稲田大学人間科学部ｅスクールに入学した直後、同じ名前の専門科目を受講したとき、初めて出た課題が、「自分の身のまわりにある『教え』について、その内容を記せ」いうものだった。　このとき、「素直にマンガのアシスタント制度などを紹介してもつまらない」と考え、落語関連の本を読んだり、二つ目の落語家さんにインタビューして、「落語家の教育システム」についてまとめたことがある。　それは、以下のようなレポートだったが、どのような評価だったのかは、いまもって不明。そんなこともあって、『ザ・前座修行』も興味深く読むことになったというわけである。理想のインストラクションをデザインする（事前レポート）「落語家の新弟子教育法」　はじめに――「落語家」を職業の例に選んだ理由　私の職業は漫画家であるが、自分の職業についてレポートを書いても、体験から導き出された安易な結論に至る可能性が高く、授業のための事前レポートとしては、学習効果が得られるかどうか疑問が残る。そこで今回は、多少の知見はあるが、実際には経験したことのない職業を題材に選ぶことにした。新たに資料を読み、関係者に取材することで、未体験の世界や業界についての考察が得られる機会にもなると考えたからである。「インストラクショナル・デザイン（ＩＤ）」という言葉からは、どこか「システム的」「効率的」といったニュアンスが感じられるが、今回は、あえて、そのイメージとは対極に位置するような、古めかしい職業を選ぶことにした。その職業は「落語家」であり、設計するのは、効率のよい新弟子育成法である。　落語をはじめとする古典芸能の世界では、現在でも徒弟制度が残っており、かつ、師匠が弟子に対面しながら芸を教える方法をとっている。このような世界でも、ＩＤが有効なのか。そんなことを検証してみたくて、意図的に、古い体質を持つ世界を題材に選んでみた。　なお、前提となる取材を記録した部分は、意図的に口述筆記のスタイルをとることにした。これは、アメリカで個人の歴史を記録するために盛んにおこなわれているオーラル・ヒストリー（個人の歴史を学生、研究者、ジャーナリストなどが聞き取り、文章にしていくもの）のスタイルを意図したもので、落語家という特殊な職業と、その訓練の内容について、よりニュアンスを強く伝えたいという意図からである。「語り手」は、稲穂亭えび茶（いなほてい・えびちゃ）という架空の落語家とした。芸歴40年のベテランで、当然、落語団体のなかでも重鎮のうちに入る落語家という設定である。それでは、ここから入門してきた弟子の育成法について、稲穂師匠の「語り」を聞き、そのうえで、新たな弟子の育成法を考えてみることにしたい。　１．落語家の階級制度　このたび、新弟子の育成法を紹介しろってことで、ご指名を受けた稲穂亭えび茶と申します。以後、お見知りおきくださるようお願いいたします。　落語家が、どうやって弟子を仕込むかって話をする前に、落語という特殊な世界のことを、ちょいと説明させてください。そっちが理解されてないと、弟子の鍛え方もわかってもらえないことになりますので。なんせ、まっとうな方々の目から見れば、非常識で理不尽なことばっかりしますから。　まず落語家ってのは、完全な階級社会で、下から「見習い」「前座」「二ツ目」「真打」の４つの階級に分かれています。それに加えて、それぞれの階級の中に、厳然とした年功序列がある。年功序列ったって、ただ年齢の順番になってるわけじゃない。弟子入りした順番が序列の基礎になっているんです。　たとえば大卒の22歳で入門しても、先に高卒の18歳で入門していた弟子がいると、そっちがアニさんになってしまう。上の階級、上の序列の人には絶対服従ってのも、落語家の世界の決まりです。いくら民主主義の時代だからって、落語には歴史と伝統があるわけですから、こればっかりは変えるわけにはいきません。　師匠やアニさんが、白いものを黒だといったら、その言葉に従う。まかりまちがっても「違います」なんていってはいけない。上に対して楯突けないってところは、昔の軍隊と同じなんです。　こんな理不尽や不合理がまかりとおる世界ですから、なんですか、そのインストなんとかデザイン……へ、インストラクショナル・デザインですか。まあ、よくわからないけど、その合理精神のかたまりみたいなものとは、相容れる道理がないってことですね。　そいつを証明するために、ここで落語家になる道筋を少し詳しく紹介いたしましょう。　２．落語家への道程　落語家になるには、まず、好きな師匠のところに弟子入りしなくちゃいけません。弟子入りして「見習い」になると、この間は、師匠の身の回りの世話から師匠の家の食事、掃除、洗濯、家事全般をやります。師匠のお供で衣装の入った鞄を抱えて寄席に通ったりもする。寄席に行っても、何をするってわけじゃない。幕の横で聞き耳立てて、先輩や師匠連の落語を聴くだけ。暇があれば着物の畳み方、太鼓の叩き方を練習します。　一定期間が過ぎると「前座」になれる。これを「年が明ける」とか「年季が明ける」といいます。「前座」は寄席に通って、楽屋で師匠たちにお茶を出したり、高座から降りてきた師匠や先輩落語家の着物を畳んだり。高座の座布団をひっくり返すのも前座の役目です。見習い期間中に習ったことを、寄席の楽屋で実践するのが前座の仕事といってもいいでしょうね。　そのあとに二ツ目、真打と昇進していくわけですが、それぞれに要する期間は、こんな感じでしょうか。　(あ)見習い（２年から３年）　(い)前座（５年前後）　(う)二ツ目（10～15年）　(え)真打（死ぬまで）　見習いの間は雑用ばっかでつらいんですが、最低限の衣食住の面倒は師匠が見てくれます。ところが前座になると、自分で稼がなけりゃいけなくなる。もちろん、そう簡単に仕事があるわけじゃない。うまい飯や酒にありつきたくて、ヨイショやタカリがうまくなるのが、前座の時代です。これは生きる知恵みたいなもんですな。　二ツ目になると、羽織、袴の着用が許されます。個人で勉強会なんてものを開いてもいい。寄席の出番も増えてきます。「真打」は死ぬまでですかって？　そのとおりです。サラリーマンと違って定年もなければ、スポーツ選手と違って引退もない。よぼよぼの爺さまになっても、弟子に背負ってもらってでも、高座に上がるってえ落語家もいます。これくらいになると、お客様の方も、その落語家が座布団の上に鎮座ましましているだけで、ありがたやーなんていって、伏し拝んだりする。浅草の観音様かお釈迦様か、はたまた世界遺産か、みたいになっちまうってワケで、はい。　そうなんです。落語家ってのは、一生ものの仕事なんです。たいていの落語家は死ぬまで落語家でいようって料簡でいますね。それほど落語家ってのは、儲かりゃしないが、やりがいがあるってことなんです。　そうそう、いま「料簡」という言葉をつかいましたが、落語の世界で師匠が弟子に第一に教えようとするのが、この「料簡」です。「料簡」という言葉を辞書で引くと、「推しはかり考えて、より分けること。考察して検討すること」「考えをめぐらして判断すること」なんて意味が出てきます。ほかに「狙い」「たくらみ」「くわだて」なんて意味もありますが、落語の世界では、もう少し広い意味で使われています。どんな意味かってえと、つまり「生きざま」「生きかた」ってなことでしょうか。もっと極端にいえば、ふつうの人間だったのが、落語家ってえ別の人種に生まれ変わるといってもいい。とおりいっぺんの仕事や職業じゃない――ってえことをご理解いただきたいんでございます、はい。　３．新弟子教育法――落語家の「料簡」を教える　落語ってものが、この世に生まれ落ちてから300年が経っているそうです。その間に多少の変化はあったでしょうが、基本的なことは変わっちゃいない。弟子の躾け方についても、100年以上もの経験がありますから、その間に、煮詰められ、鍛えられて、いまじゃ完成の域にあるといっていい。それを無視して、いまさらシステムがどうのといわれても、こちとら頭が痛くなるだけですから。　弟子の育て方にしても、先達がやってきたことを踏襲してるだけってのが、本当のところです。　新しく入ってきた弟子に最初にすることは、まず第一に、躾けなんです、躾け。人間扱いなんかしてません。犬や猫と一緒です。弟子がしくじりをやれば、師匠が怒って扇子を投げる、湯飲み茶碗を投げる、お膳を投げる、包丁……までは投げませんがね。　弟子は、見習いの間、師匠の身の回りの雑用をやるわけですが、たとえば弟子が煎れてくれたお茶が熱いのぬるいのと難癖をつける。陽気が良くて汗ばむようなら、お茶は少しぬるめに。薬の袋がお膳に出ているときは、お茶じゃなくて白湯にする。こんなことは最初っから教えてもらうわけじゃありません。何も教えられてないから、最初は必ずしくじって怒られる。　しかも最初は、なんで怒られているのかがわからない。それでも、「こんなことくらいわからねえのか、このバカ！」と怒鳴られる。理由もわかんないまま怒られるなんて、こんな理不尽なことはありません。これで嫌んなって辞めちまうのもいる。でも、それはそれでしかたがない。これは、その弟子が、本気で落語家になりたいのかどうかを試すテストでもあるからです。　そもそも落語家になりたいなんてのは、子どもの頃からお喋りで、学校や町内で冗談を言っては友だちやら近所の人を笑わせてばかりいて、人を笑わせること、自分をネタに笑われることが快感になっちまったようなヤツばっかしなんです。　落語家になれば50人、100人という人を笑かすことができる。寄席で落語家が、大勢のお客を自在に操って、どっと笑わせたり、ときには人情噺でしんみりさせたり……。落語好きの若いのが、こんなのを見ていたら、自分もやってみてえ……と思うのは自然の摂理ってもんでしょう。このあたしだってそうだったんですから。　いつか二ツ目、真打になって、寄席の高座の真ん中に座り、お客さんをドッと笑わせてみたい。そんな夢があるからこそ、酷な修行にも耐えられるってえものなんです。　最初は、なんで怒られてるのかわからない。師匠にゃ怖くて訊けない。兄弟子に訊いても教えちゃくれない。自分で考えるしかないんです。で、考えに考え抜いて、どうしてもわからなくなったら、師匠や兄弟子に泣きつく。そこで、それは、これこれこうだからって理由（わけ）を教えてくれる。へ？　最初は自分の頭で考えろってのを、早稲田大学じゃ早稲田魂ってんですかい。じゃ、高等学問の学問も落語の修行も、たいした違いはないのかもしれませんね。　それはさておき、師匠が弟子につらく当たるのだって、何も弟子が憎いからじゃない。そういうことは、おかみさんだとか、ときには兄弟子なんかが師匠の真意をフォローしてくれる。低下した「やる気」を、よいしょと引き戻してくれるってわけですね。　もちろん師匠のあたしだって、ちゃんと弟子の顔色は見てる。弟子がふさぎ込んでたら、これでどっか遊びにでもいって、パーッと憂さを晴らしてこい、なんていって小遣いを持たせてやったり……なんてこともあるわけです。そして、帰ってきたら、また無理難題を吹っかけるわけでして。　弟子ってのは、たとえば師匠が理不尽なことをいっても、その顔色を読んで、何を言い出すかわかるようにならなくちゃいけないんです。師匠のそばにベッタリくっついて、身の回りの世話をしているうちに、師匠の身体の傾け具合、目の動きだけで、次に何を言い出すかが読めてくる。こんな先読み、気配りが、実は落語家にとっては必須の能力なんです。　ええ、そうなんです。落語って芸は、基本的に、いまの言葉で言うとライブです。生身のお客さんの前で演じる芸で、それこそ季節や天気によってネタを変えるのは当たり前。寄席の高座に上がって、ああ、今日は観光バスの団体さんが多いな、と思ったら、素人衆にもわかりやすい噺をやる。通のお客さんが多そうだったら、じっくり聴かせる噺にする。落語がはじまってからでも、たとえばマクラを振って反応を見て、その笑いの具合で予定していたネタを変えるときもある。落語家には、そんな臨機応変さが必要なんです。　ぼんやり生きていたら、場の空気を一瞬にして察するなんてことはできっこありません。落語家は、一見、ヘラヘラしてバカそうに見えますが、実は気配りが羽織袴つけて歩いているようなもの。その気配りを身につけるのが、見習いの時代ってわけなんです。　こいつは何とかつづきそうだと確信が持てたら、初めて落語を教えます。もちろん最初っからむずかしい話じゃない。「寿限無」だの「時そば」だのって短い噺を教えます。　ちょっと前ならテープレコーダー、近頃ならビデオからデジタルレコーダーとかいうものまで、便利な道具が揃ってますから、要領のいいのは、すぐそういうものを使いたがる。まあ、落語家の中には、機械ものが好きな師匠もおりますから、そんな人は、時代の波に合わせて、機械を使ってもいいんだよ、なんてことを弟子に言うかもしれない。　でも、あたしんとこはダメ。せいぜい速記本に目を通すのくらいですかね、許すのは。それは、稽古を真剣勝負にしたいから。録音しといて、あとで聴き直せばいいや、なんてのは、それこそ考えが甘すぎる。　稽古のときは、師匠のあたしと弟子が向かい合って、まず、あたしが一席演じてみせます。ふつう、「三遍（さんべん）稽古」といって、同じ噺を３回演じてみせる。それで憶えられなけりゃ落語家失格です。この先、何十もの噺を憶えていかなくちゃいけないんだから。　二ツ目くらいになると、長い噺をやるようにもなる。そんなときは、長い噺を前中後の３つに分けて、それぞれで、やはり三遍稽古をやりますが、それはさておき……。　見習いの弟子は、１回、師匠の見本を聴いたら、必死に暗記して、それを自分の部屋やら厠やらで、何度も何度も暗誦しては、つっかえないで喋れるようになるまで練習する。　その出来具合を師匠や兄弟子の前で披露して、まあいいだろうってなことになったら、ようやく寄席デビューです。最初っからうまく喋れるわけがない。初めての高座の前には、「後ろの客席まで聞こえるように、とにかくでかい声で喋ってこい」なんてハッパをかけて送り出すわけです。　こうして寄席デビューを飾れば、年季明けもまもなく。見習い期間も終わり、ひとり立ちの季節になるわけです。もちろん落語家ってのは一生ものの仕事ですから、稽古も一生ものなんです。もちろんあたしだって、毎日の稽古は欠かしちゃおりませんです、はい。（インタビュー了）　おわりに――インストラクショナル・デザインの導入を断念　落語の修行が、いかに不合理で理不尽なものかは、すでに周知の事実である。とりわけ新弟子時代、見習いとして師匠の身の回りの世話をしているときが、いちばん右往左往する時期であることも知られている。　修行の方法を工夫すれば、新しい噺をより効率的に憶えたり、もっと短期間のうちに前座、二ツ目とステップアップできるのではないか――と考えたのだが、それは大きな間違いであった。　お花やお茶のお稽古とは異なり、落語の修行はプロになるためのものである。お免状をいただけば、弟子を取って生活できるという芸事ではない。絶えずお客の注目を浴び、厳しい批評に耐えなければならないのだ。　しかも落語家は、寝ているときでも死んだあとでも落語家である。つまり、落語家とは、職業や仕事を超越した生きざまそのものなのではなかろうか。　落語家になるための弟子教育法も、一見、旧態依然とした非合理なものにみえるが、300年の歴史の中で煮詰められ、洗練された合理的なシステムとして、完成の域に達していたことに、あらためて気づかされた。　そもそも、落語家志望者のほとんどは、名人と呼ばれた大落語家を目標に選んでいる。ゴールは遠く、そして、あくまでも気高いのだが、これが、高いモラルを維持しているといっていい。落語家の世界では、弟子の「やる気」や「動機づけ」を心配する必要はない。もしもやる気を失ったら、そのときは落語家を廃業するまでの話だからである。　とはいえ、スモールステップともいえる通過点としてのゴールも用意されている。それが「見習い」「前座」「二ツ目」「真打」という階級制度である。現在の制度では、いちど真打になれば、当人が辞退しない限り、いつまでも真打でいられることになっている。おかげで落語協会だけでも200人以上の真打がいて、二ツ目よりも人数が多い。そのため真打になったとたん、モラル低下を起こす落語家も多いというが、ここでは、そのことには触れず、新弟子時代のことを中心とした。　落語の世界にＩＤの概念を導入していくとすれば、師匠の側がシステムの概念を理解し、弟子育成法に採用する必要がある。だが、システムの概念を弟子の教育――そう、初期の段階は、まさに「人間教育」である――に導入した場合、師弟関係がドライになる可能性もある。　それが落語という古典芸能の維持や発展に不可欠なのか、私には結論が出せず、今回は、ＩＤからの切り口による新しい落語家育成法のカリキュラム作りを断念した。無理にカリキュラムを作成してもよいのだが、それではきれい事を並べたウソになりそうだからである。　落語に限らず、ほかにも数ある芸事、技能の徒弟制度の中にＩＤを導入していくとしたら、合理性や効率性という切り口ではなく、理念や理想、モラルアップに効果のある方法を模索する必要があるのではないか。「教育工学」に「教育学」的アプローチを導入していくものだが、おそらく現在のＩＤは、そのような切り口からの導入も可能なはずであろう。　今回は、長い歴史によって築かれた厚い壁に、あっさり跳ね返されたような印象が残ることになった。まさに、いまだ力およばずである。今後さらにＩＤの世界を学習することによって、新しい時代の徒弟制度のありかたを考察し、できうることなら、落語家教育のＩＤ化に挑戦してみたいと考えている。参考資料：『落語入門百科』（相羽秋夫、弘文出版）、『落語家』（立川志の輔、実業之日本社）、『落語ワンダーランド』（ぴあ）、『全身落語家読本』（立川志らく／新潮選書）ほか多数。参考URL：「古今亭菊之丞インタビュー」（http://homepage3.nifty.com/kejokoku/wagei/kikunojo/kikunojo_1.htm）　インタビュー：鈴々舎わか馬（新弟子時代の様子、稽古の方法などを直接取材）。　このレポートの内容は、もちろんフィクションであるが、『ザ・前座修行』を読んでみると、修行の内容については、大きな間違いはなかったようだ。（注意：このレポートは、「レポートの書き方」も知らない段階で書いたものなので、早稲田大学人間科学部ｅスクールなどで「インストラクショナルデザイン」を学ぶよい子の皆さんは、この文章を真似たりしないこと）</description>
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<category>本／雑誌</category>
<pubDate>Wed, 10 Feb 2010 02:29:30 +0900</pubDate>

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<title>読書：『キャラクターとは何か』（小田切博）</title>
<description>『キャラクターとは何か』（小田切博／ちくま新書／2010年１月刊／735円）　キャラクターについては、これまでもいろいろ書かれてきたが、これまでバラバラに語られてきたキャラクターのビジネス・文化・歴史を、まとめて概観したのが本書。　第１章　キャラクタービジネスの現代史　第２章　キャラクタービジネスという問題　第３章　キャラクターの起源と構造　第４章　日本型キャラクタービジネス　このような４章からの構成になっているが、ぼくの場合、この本で「一九七一年の『仮面ライダー』、『帰ってきたウルトラマン』での第二次怪獣／怪人ブーム」と書かれている『仮面ライダー』でデビューしたマンガ家であり、「怪人ブーム」の総本山ともいう石森プロの出身であり、このブームに火をつけた「テレビマガジン」の創刊メンバーでもありという立場でもある。　また、やはり本書に紹介されている「ミニ四駆」に先駆けるラジコン、テレビゲーム、マイコン、チョロＱといった「ホビー」をコンテンツにしたマンガの当事者でもあって（創始者であるともチョッピリ自負している(笑)）、さらに企画や原作を担当した作品がアニメになった関係で、マーチャンダイズビジネスにも（金銭が絡む生臭い意味も含めて）直接的に関わった経験を持つ。『戦争はいかに「マンガ」を変えるか―アメリカンコミックスの変貌』（小田切博／ＮＴＴ出版／2007年３月刊／2,625円）　そんな当事者的な立場から見ると、１・２・４章については、ちょっと物足りなく感じる（隔靴掻痒という観じをわかっていただけるでしょうか）が、これも読者としては想定外の位置にいる身だからだろう。そのような意味で最も興味深く読んだのは、やはり「第３章　キャラクターの起源と構造」だった。キャラクターの歴史を概観した章だが、あまりにもあっさりしているのが、ちょっと残念。『戦争はいかに「マンガ」を変えるか』の著者なら、この章だけで１冊の本が書けるはずで、もし書かれたら、ぜひ読んでみたい。　ぼくの場合は、きわめて特殊な立場にあるので、こんな感想になっているが、これからキャラクターについて知りたい人にとっては、キャラクタービジネスとキャラクター文化をまとめて概観できる優れた入門書となるはずだ。　ここを起点に、たとえばポケモンなら『ポケモン・ストーリー』（畠山けんじ・久保雅一／2000年12月刊／日経BP社〈角川文庫版もあり〉)のような「ノンフィクション」を読んだりしてみるのもいいかもしれない……と思ったら、この本、すでに絶版だ。いい本なのに（泣）。</description>
<link>http://sugaya.otaden.jp/e85023.html</link>
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<category>本／雑誌</category>
<pubDate>Sat, 06 Feb 2010 16:12:30 +0900</pubDate>

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<title>もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』</title>
<description>  「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」（岩崎夏海／ダイヤモンド社／2009年12月刊／1,680円）　今日、届いた本。１ヶ月で４刷りという人気経済青春小説（？）。題名どおり、弱小都立高校野球部の女子マネージャーが、ドラッカーの組織論でもある『マネジメント』を参考に、チームの改革に挑み、選手の意識を変え、そして、念願の甲子園をめざす……という物語で、読みはじめたら止まらなくなり、３時間ほどで一気読みとなった。　ドラマは予定調和でベタではあるけれど、読んでいるうちにどこからか、オペラ『カルメン』の主題曲が……。『カルメン』の主題曲は、野球映画の傑作『がんばれベアーズ』のテーマ曲にもなっていて、聴いていると実に元気が湧いてくる。この曲が消えてきたのは、どこかで『がんばれベアーズ』を思い浮かべていたからだろう。それくらい面白かったということだ。　それにつけても野球映画には『がんばれベアーズ』のほか、『ナチュラル』だの『フィールド・オブ・ドリームス』だの『春の椿事』（『ドラえもん』的傑作ＳＦ野球コメディー映画）だの『ダイナマイトどんどん』（岡本喜八・監督作品。すがやみつるマンガ化(笑)）だのと、いろいろ傑作があります。「もしも女子高生が～」は、つくりも内容もライトノベル風で、ストーリーも予想通りに展開するが、もともと野球がドラマチックな要素を持っていることもあって、最後はドンと盛り上がる。そのときになると、ドラッカーの言葉など、もうどこかに消し飛んでいるのだが、クライマックスになって、少し「視点」が入り乱れ、興を削がれたのが、ちと惜しかったかも。　同じダイヤモンド社から出ているファシリテーションを題材にした小説『ザ・ファシリテーター』（森時彦／ダイヤモンド社／2004年11月刊／1,680円）にも、やはり同じような「視点のゆらぎ」があって気になったが、こんなことが気になるのは、その「小説の視点」のことをマンガで解説した『マンガでわかる小説入門』（すがやみつる・構成／横山えいじ・作画／ダイヤモンド社／2005年10月刊／1,500円）の作者だからかもしれない。それにしても、今日のブログは、ダイヤモンド社の本ばかりだなあ(笑)。　視点のことが少し気になったけれど、この小説は、作りがきわめて映像的で（シナリオのようでもあって）、マンガやテレビドラマ、あるいは映画に向いているのではないか。著者も、小説というよりも、映像作品の脚本を書いているようなつもりで、この作品を書いたのではないかと思う。マンガにするのなら、年齢層をリトルリーグあたりにして、小学館から創刊される学習マンガ専門誌「ＧＡＫＵＭＡＮ」あたりで連載するのも「あり」そうだ。小学生にドラッカーを説く方が、インパクトも強くなりそうな気がする。</description>
<link>http://sugaya.otaden.jp/e84935.html</link>
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<category>本／雑誌</category>
<pubDate>Sat, 06 Feb 2010 05:08:03 +0900</pubDate>

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<title>「日刊ゲンダイ」に本についての記事</title>
<description>　１月31日発売の「日刊ゲンダイ」（２月１日付け）に、取材記事が掲載されました。『私の本の捨て方残し方』というシリーズ記事で、子どもの頃から貸本屋通いをしていたことなども紹介されています（記事の画像をクリックすると拡大します）。　実は、わが家に取材に来て、この記事を書いたライターは、高校のときの同級生の女性。しかも、このブログで連載した『仮面ライダー青春譜』にも登場した貸本屋のオバサンの姪に当たる女性で、ま、そんな縁もあって、今回の取材となったわけでもあります。　ちなみに、この元・貸本屋のオバサン、いまだにボクのペンネームが「やくみつる」だと思っているそうです。　Twitterでも１週間に１回くらいのペースで「やくみつる」さんとの混同されているしなあ……。テレビに出て知名度を上げないと、この混同も、まだまだ続きそうではありますね。　右のアイコンは、昨日も「やくみつる」さんと間違えられたのをキッカケに、臨時で使用したTwitterのアイコンです(笑)。</description>
<link>http://sugaya.otaden.jp/e84092.html</link>
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<category>本／雑誌</category>
<pubDate>Tue, 02 Feb 2010 15:24:29 +0900</pubDate>

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<title>読書：『藤沢周平 父の周辺』（遠藤展子）</title>
<description>『藤沢周平 父の周辺』（遠藤展子／文春文庫／2010年１月刊／490円）　故・藤沢周平氏の長女である著者が、既刊の『父・藤沢周平との暮し』（新潮文庫）同様に、子ども時代から藤沢氏が亡くなるまでの間の家族の思い出を綴った本。　藤沢氏の作品は、オール読物新人賞の受賞作から読んでいたが、初期の作品は非常に暗く、あまり好きになれなかった。ところが『隠し剣孤影抄』あたりから、俄然、娯楽性が高くなり、しかも、明るさが感じられるようになった。その理由は藤沢氏の『小説の周辺』などのエッセイを読むとわかったが、エッセイを読んでいると、お住まいが近所のようで、見慣れた地名がよく登場した。『藤沢周平 父の周辺』も同様で、藤沢氏一家が住んでいた西武池袋線沿線各地が登場する。そんなこともあって、楽しんで読むことができた。　人気作家でありながら「普通が一番」を口ぐせに、家族思いで、最後まで「普通の生活」を貫いた藤沢氏の人となりがよくわかる１冊だ（人柄は、なぜか藤子・F・不二雄先生を思い出す）。『小説の周辺』などのエッセイを読んでいたからこそ、『たそがれ清兵衛』が藤沢氏の「私小説」であることがわかり、山田洋次監督の映画化作品を観たときも、真田広之演じる清兵衛一家に藤沢氏の一家を重ね合わせ、思わず込みあげてくるものをこらえることにもなった。『藤沢周平 父の周辺』も、できれば『小説の周辺』と一緒に読むことをおすすめする。「普通が一番」。我が家でも、同じことを家訓にしよう。『父・藤沢周平との暮し (新潮文庫)』（遠藤展子／新潮文庫／2009年９月刊／420円）『小説の周辺』（藤沢周平／文春文庫／1990年１月刊／480円）</description>
<link>http://sugaya.otaden.jp/e82871.html</link>
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<category>本／雑誌</category>
<pubDate>Wed, 27 Jan 2010 05:11:10 +0900</pubDate>

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